2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
20K00481
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
渡邉 浩司 中央大学, 経済学部, 教授 (20278401)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 伝記物語 / アーサー王物語 / 中世フランス文学 / 『フロリヤンとフロレット』 / クレティアン・ド・トロワ / 妖精モルガーヌ |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度は、13世紀後半の作と推測される作者不詳の『フロリヤンとフロレット』の精読と分析を行った。この作品の校訂本はこれまでに3種類刊行されているが、本研究には2003年にオノレ・シャンピヨン出版から刊行されたアニー・コンブとリシャール・トラクスラーによる最新の校訂本を用いた。文献収集については、パリのフランス国立図書館への出張をコロナ禍のため断念し、日本で可能な限り先行研究の調査に努めた。 『フロリヤンとフロレット』は、シチリア王子として生まれたフロリヤンが数々の冒険を経て、元家令が簒奪した王位を奪還する物語であり、ガストン・パリスが提起した「伝記物語」の系譜に属する。この物語には「アーサー王物語」「武勲詩」「古代物語」「冒険物語」といった複数のジャンルにまたがる先行作品からの影響が認められる。先学たちは繰り返し、『フロリヤンとフロレット』に先行作品からの数多くの借用が認められることを指摘し、作者に独創性が欠如していることの証だと主張してきた。 しかしながら分析の結果、『フロリヤンとフロレット』の作者は先行作品群からの筋書き・テーマ・モチーフの借用にあたって、独自の改変を行っていることが判明した。たとえば、中世ヨーロッパの「聖杯物語群」で「妖女」の代表格である妖精モルガーヌ(アーサー王の異父姉妹)を、深い愛情で主人公を育てる母性的な存在として登場させている。こうした『フロリヤンとフロレット』における独創的なモルガーヌ像については、中央大学『仏語仏文学研究』第53号(2021年2月)に拙稿を発表した。またクレティアン・ド・トロワの作品群および「聖杯物語群」に属する『ランスロ本伝』と『フロリヤンとフロレット』との詳細な比較については、令和3年度中に刊行予定の中央大学『人文研紀要』に拙稿が掲載される予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、中世フランス文学研究のパイオニアの1人ガストン・パリスが、12世紀後半から13世紀後半にかけて中世フランス語韻文で書かれたアーサー王物語群を分類した「伝記物語」と「挿話物語」という2つのジャンルのうち「伝記物語」に注目し、このジャンルに属する本邦でほぼ未紹介の作品群の全体像に迫ることを目的としている。 ガストン・パリスがリストアップした作品群のうち、令和2年度の研究実施計画では、作者不詳の『フロリヤンとフロレット』を扱った文献の収集と、先行研究を踏まえた分析に主眼があった。令和2年度中に予定していたパリのフランス国立図書館への出張を、コロナ禍のために中止せざるをえなかったため、日本では入手困難な複数の文献を参照することができなくなったが、拙稿の執筆に必要不可欠だった最低限の先行研究はかろうじて参照することができた。 本年度は『フロリヤンとフロレット』の作者が多くの先行作品から行っている筋書き・テーマ・モチーフの借用のうち、検討対象を「アーサー王物語」、なかでもクレティアン・ド・トロワの作品群と「聖杯物語群」の中核を占める『ランスロ本伝』に絞った。しかしながら『フロリヤンとフロレット』には「アーサー王物語」以外のジャンルからの借用と独自の改変も認められるため、令和3年度には関連文献の収集を続けながら、こうした観点からの研究を進めていく予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
令和3年度は、『フロリヤンとフロレット』については、「アーサー王物語」以外のジャンルに属する作品群との比較研究を行う予定である。特に重要な比較項となるのは、『フロリヤンとフロレット』と同じくシチリアやイタリア半島を舞台とした『パレルモのギヨーム』である。「冒険物語」に属するこの作品は、従来の見解通り1220年頃の作だとすれば『フロリヤンとフロレット』の先行作品となるが、2012年に現代フランス語訳を刊行したクリスティーヌ・フェルランパン=アシェは1280年頃の作だと考えている。このように『パレルモのギヨーム』の成立時期については専門家の意見も分かれているが、同じ筋書きやモチーフ群を共有する『フロリヤンとフロレット』との比較は、13世紀の「伝記物語」の全体像の理解にとっては重要である。 これと並行して、令和3年度には『クラリスとラリス』の読解と分析にも着手する予定である。この作品は中世フランス語韻文によるアーサー王物語群の中では長編の部類に入り、1行8音節で3万行以上を数える。作品の冒頭には、アンティオキア公国の占領という史実への言及があることから、1268年以降の作と推測される。『フロリヤンとフロレット』に認められる他の作品群からの借用の中で、『クラリスとラリス』からの借用が驚くほど多い点も、本研究では重要である。いずれも「伝記物語」というジャンルに属するこの2作品の分析は、13世紀後半に古フランス語韻文で書かれたアーサー王物語群の再評価にも寄与することになるだろう。 『クラリスとラリス』については、2008年にコリンヌ・ピエールヴィルによる最新の校訂本がオノレ・シャンピヨン出版から刊行されたため、テクストの精読が可能となった。しかしながら先行研究は少なく、しかも入手が困難な文献が多いため、令和3年度中には文献収集のためにパリのフランス国立図書館を訪ねたいと考えている。
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Causes of Carryover |
令和2年度分の予算は、ほぼ予定通り使用することができた。
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