2021 Fiscal Year Research-status Report
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20K00481
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
渡邉 浩司 中央大学, 経済学部, 教授 (20278401)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 伝記物語 / アーサー王物語 / 中世フランス文学 / 『フロリヤンとフロレット』 / 『ギヨーム・ド・パレルヌ』 / 『クラリスとラリス』 / クレティアン・ド・トロワ |
Outline of Annual Research Achievements |
令和3年度は、13世紀後半の作と推測される作者不詳の『フロリヤンとフロレット』(以下『フロリヤン』と略記)の分析を、前年度とは異なる観点から行っただけでなく、リシャール・トラクスラー氏(チューリッヒ大学教授)の協力を得て、有意義な補足を行うことができた。 「伝記物語」の系列に属する『フロリヤン』には、複数のジャンルにまたがる先行作品からの影響が従来から指摘されてきた。前年度は比較の対象を「アーサー王物語」に限定したが、令和3年度には比較の対象を「冒険物語」まで拡大し、『フロリヤン』と同じくシチリアやイタリア半島を舞台とした『ギヨーム・ド・パレルヌ』(以下『ギヨーム』と略記)との比較を試みた。これにより『フロリヤン』と『ギヨーム』に共通する筋書き・テーマ・モチーフを抽出し、13世紀のフランス語圏にシチリア王子を主人公とする物語伝承が存在したことを明らかにした。 フランスでは13世紀までに韻文で書かれた作品群が14世紀末から散文化されるようになり、その流れは中世末期を越えて16世紀まで続いた。『フロリヤン』もこの影響を受け、15世紀末に筆写された2つの散文版が現存している。こうした『フロリヤン』の散文化に関する分析をリシャール・トラクスラー氏が行って下さった。 『フロリヤン』の分析と並行して、令和3年度後半からは、同じく「伝記物語」の系列に属する長編物語『クラリスとラリス』(以下『クラリス』と略記)の精読を開始した。相互に密接な関係にあるこれら2作品に関する文献収集については、パリのフランス国立図書館への出張を予定していたがコロナ禍のため断念し、日本で可能な限り先行研究の把握に努めた。『クラリス』の研究に用いる校訂本は、2008年にオノレ・シャンピヨン出版から刊行されたコリンヌ・ピエールヴィルによる最新版を用いている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、12世紀後半から13世紀後半にかけて中世フランス語韻文で書かれたアーサー王物語群のうち、ガストン・パリスが「伝記物語」と名づけたジャンルに注目し、その全体像を描くことを目的としている。このジャンルには10編以上の現存作品が含まれるが、本研究ではこれまで日本で未紹介だった『フロリヤンとフロレット』(以下『フロリヤン』と略記)と『クラリスとラリス』(以下『クラリス』と略記)の分析を中心に行っている。 この2作品を扱った文献の収集を行うため、前年度(令和2年度)と今年度(令和3年度)の研究実施計画では、パリのフランス国立図書館への出張を予定していた。しかしいずれの出張もコロナ禍のために中止せざるをえなかったため、日本では入手困難な複数の文献を参照が難しくなった。それでも『フロリヤン』については、2003年にアニー・コンブ氏とともに校訂本を刊行したリシャール・トラクスラー氏(チューリッヒ大学教授)から最新の情報をお知らせいただき、令和3年度に執筆予定だった拙稿の準備にとって大変有益だった。トラクスラー氏は書き下ろしの補論も送って下さったため、その拙訳を拙稿とともに中央大学の『仏語仏文学研究』第54号(2022年2月)に掲載した。 今年度前半は、前年度に続いて『フロリヤン』の分析を行い、多くの先行作品から作者が行っている筋書き・テーマ・モチーフの借用のうち、検討対象を「冒険物語」まで拡大した。これにより『フロリヤン』の作者が「アーサー王物語」以外のジャンルからも借用をし、独自の改変を行ったことが明らかになった。 今年度後半からは『クラリス』の精読と文献収集を開始した。研究年度の最終年にあたる令和4年度には、フランスの研究者仲間の協力を得ながら「伝記物語」関連の文献収集を続けるとともに、『クラリス』の分析を終える予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
令和4年度は『クラリスとラリス』(以下『クラリス』と略記)の精読と分析を終え、筆者がこれまで行ってきた「伝記物語」に属する他の作品群の分析を踏まえながら、このジャンルの総括を行う予定である。 『クラリス』はパリのフランス国立図書館フランス語1447番写本という1写本のみによって伝わる物語である。1行8音節で3万行以上を数え、中世フランス語韻文によるアーサー王物語群の中では長編の部類に入る。中世フランス文学の他の作品には『クラリス』への言及が見つからないことから、この物語が同時代に人気を博したとは思われない。それでもこの長編物語は、散文により物語を著すことが主流となっていた13世紀末に、韻文で作品を書き続けた作家たちの独創性に迫る上で大変貴重な証言である。 『クラリス』は2人の騎士の友情を称える物語であり、それぞれが主人公となる筋書きには、数多くの冒険が錯綜しながら絡みあい、2人とも意中の奥方を妻に迎えて大団円となる。この長編作品についての評価は、中世フランス文学研究の草創期から1960年代にいたるまで否定的で、才能に乏しい物語作家による二番煎じに過ぎないと言われてきた。しかしながら近年になり、コリンヌ・ピエールヴィルらの意欲的な研究がようやく現れ、『クラリス』に新たな光が当てられるようになった。 本研究ではこれまで『フロリヤンとフロレット』(以下『フロリヤン』と略記)の分析を中心に行ってきたが、この作品には『クラリス』からの借用が驚くほど多い点も重要である。そのため、これらこの2作品の分析は、「伝記物語」というジャンルの全体像の理解と再評価を行う上で鍵になってくると思われる。『フロリヤン』と同じく『クラリス』にも、クレティアン・ド・トロワの物語群を始めとした多くの先行作品の筋書き・テーマ・モチーフから多くの借用と独自の改変が認められるため、その独創性を明らかにしていきたい。
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Causes of Carryover |
令和3年度分の予算は、ほぼ予定通り使用することができた。
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Research Products
(2 results)