2022 Fiscal Year Research-status Report
ヨーロッパ越境文学の新展開―<翻訳者=作者>によるドイツ語文学の変容をめぐる研究
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20K00482
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
新本 史斉 明治大学, 文学部, 専任教授 (80262088)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ヨーロッパ越境文学 / 翻訳論 / 文化的記憶 / コスモポリタニズム / 世界文学 / 翻訳比較分析 |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年10月に予定していたローザンヌ大学名誉教授 ペーター・ウッツとの「カタストロフの文化的翻訳」をめぐる共同研究会は、新型コロナ感染の影響がなお続くなかで断念せざるを得ず、代替手段としてオンラインによる講演討論会を行った。 また、ローベルト・ヴァルザーについての国際研究として、日本独文学会秋季大会でのシンポジウムに登壇し、この作家の自己言及的叙述形式の変容、そこでの翻訳の問題について口頭発表を行った。ヴァルザーについてはさらに、散文、韻文のジャンルを横断してゆく創作言語の特異性について、自分自身の翻訳実践に基づきつつ通時的に分析した研究論文を、『英詩研究会10周年記念雑誌』に執筆した。 2月から4月にかけて「かけはし文学賞」(ゲーテ・インスティトゥート主催)の審査委員長をつとめ、ポーランドからドイツへの越境作家アルトゥール・ベッカーの作品を受賞作として選出し、11月には明治大学にベッカー氏本人を招き、ドイツ語による講演討論会を実施した。 また、第二次世界大戦前夜の日本における社会的、文化的、文学的翼賛体制全般を論じた辺見庸の作品『1★9★3★7』を、ドイツ語圏におけるホロコースト文学および映像作品、またーアルトゥール・ベッカー氏の作品も含めたー現代ヨーロッパにおける文化的記憶をめぐる芸術表現と読み合わせつつ、批判的に考察した研究論文を明治大学文学部紀要『文芸研究』に執筆した。 2022年6月には、津田塾大学言語文化研究所の「世界文学の可能性」研究会において、21世紀におけるヨーロッパ越境文学とヨーロッパにおけるコスモポリタニズムの伝統の交差について考察する研究発表を行い、そこでの議論を発展させた研究論文を、2023年2月に論集『ドイツ語圏のコスモポリタニズム』の第8章として執筆した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2022年度も新型コロナ感染症の影響が続き、ヨーロッパ研究機関での翻訳研究、およびヨーロッパ研究機関からの研究者招聘がともに実施できず、部分的にはオンライン講演会、オンライン・シンポジウムで代替することを余儀なくされた。また、オンラインで代替することのできなかった研究者招聘については、2023年度以降に延期することが必要となった。これについては、2022年度までに支出しなかった旅費・謝金を充当し、2023年度に実施することを予定している。ただし、スケジュール変更により国外研究者の予定調整、および国外滞在の予定調整に困難が生じた場合には、プロジェクトの一年延長も視野に入れ、より有意義な形での計画実現を検討する。 一方、オンラインでの講演会および口頭発表、そこでの議論をふまえた研究論文の執筆は予定通り、順調に進めることができた。とりわけ、ドイツ語圏における通事的なコスモポリタニズム研究と現代ヨーロッパにおける越境文学研究を交差させる研究ができたこと、また、20世紀のドイツ語作品をとりあげた翻訳比較分析を他研究分野での関心と関連づけつつ、英詩研究雑誌で発表できたことは、分野横断的な観点からも有意義な展開であったと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度は、ヨーロッパ越境文学研究として、ルーマニアからドイツへの越境作家ヘルタ・ミュラーの散文集『いつも同じ雪、いつも同じ叔父』を翻訳刊行するとともに、マイナーな出自を持ちながらノーベル文学賞を獲得するに至ったこの越境作家において、言語横断経験と全体主義経験がどのように交差することで詩的言語が誕生していったのかを分析し、『文芸研究』に研究論文を執筆する予定である。 また、11月に開催される日独文化交流会主催の研究プロジェクト「文筆における文化的実践」でドイツ語による口頭発表を行い、ハンガリーからスイスへ移り住んだ多言語翻訳者にして越境作家であるイルマ・ラクーザの散文作品の翻訳比較分析を通じて、聴覚的なものと視覚的なものの、異なる書字文化への翻訳(不)可能性について論じる予定である。 さらに、ロシアからスイスへ移り住んだ多言語作家ミハイル・シーシキンの散文集『平和か、戦争か』を翻訳刊行し、ロシア人とウクライナ人を両親にもちつつ、ロシア語とドイツ語で表現するこの越境作家が、どのように現在進行中のウクライナ戦争への文学的関与を試みているかを考察する解説を付す予定である。なお、このシーシキンの文学活動については社会的関心も高いことを考え、発表の場を専門研究内部には限定せず、6月には小平市民による研究会「グーテン・タークの会」で講演を行う。 また、12月には2022年度に続いて越境作家アルトゥール・ベッカーを明治大学に迎え、講演会および越境文学をテーマとするシンポジウムを開催することを予定している。なお、2022年度の講演討論会については2023年7月に明治大学のオンライン英文紀要に研究報告を掲載することになっており、2023年度のシンポジウムの議論の成果については、2024年度中に研究論文の形で発表することを予定している。
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Causes of Carryover |
新型コロナ感染の影響による渡航制限により、2022年度に予定していた国外研究者招聘のための旅費支出、国外研究施設に滞在しての翻訳研究のための支出がなくなり、これに関連する謝金等の支出も予定より少なくなった。その一部は物品費として図書の支出などに使用したが、大部分は2023年度に国外在住の越境作家および翻訳論研究者を招聘するための旅費および謝金等に充てる予定である。
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Research Products
(5 results)