2022 Fiscal Year Research-status Report
物質に宿る記憶 ―リヒャルト・ゼーモンの「ムネーメ理論」研究
Project/Area Number |
20K00499
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
福元 圭太 九州大学, 言語文化研究院, 教授 (30218953)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | リヒャルト・ゼーモン / 「ムネーメ」理論 / エングラム / エクフォリー / 記憶 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、これまでの学術研究において等閑視され、ほとんど忘却されてきたドイツの生物学者リヒャルト・ゼーモンの記憶に関する理論、いわゆる「ムネーメ」理論の意義と重要性を解明することを目的とするものである。 今年度は論文「存在の途方もない連鎖―リヒャルト・ゼーモンを読むエルヴィン・シュレーディンガー―」(「かいろす」60号、71-89頁, 2022年11月)において、ゼーモンの「ムネーメ」理論を高く評価した少数の知識人のうち、1933年にノーベル物理学賞を受賞したエルヴィン・シュレーディンガーを取り上げた。若い頃からショーペンハウアーを耽読し、インドのヴェーダーンタ哲学に傾倒していたシュレーディンガーが、「記憶の遺伝」を説くゼーモンに惹かれていった理由が、①ゼーモンの理論に内包されている「物質にも記憶を付与」しようとした点、すなわち物質と精神の境界の越境という点、ならびに②その記憶が代々受け継がれているという「存在の大いなる連鎖」を主張する点にあることを論じた。 またゼーモンの著書『ムネーメ』(タイトル全訳は『有機的事象の変遷にも関わらず保存原理として作用するムネーメ』)の比較的長い第4章を訳出した(「かいろす」60号、同上)。岩波書店の「名著精選」シリーズの一環である『無意識と記憶』では、『ムネーメ』の第1~3章のみが訳出されているが、本訳は、その続きに当たる。 また日本におけるベルクソン研究を強力に推進しているProject Bergson in Japanという学会に招待され、「質の量的還元を巡って―<ベルクソンのフェヒナー批判>を批判する試み―」と言うタイトルで、講演を行った。これ自体はフェヒナーに関するものであるが、ベルクソンの『物質と記憶』とゼーモンの記憶理論の相違点は申請者の関心事であり、ベルクソンの専門家と意見交換を行うことができたことで、次年度の研究推進に弾みがついた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」に記したように、論文1本と翻訳1本を公刊することができた点、またフランス哲学関係のベルクソンに関する学会で招待講演を行った点に鑑み、研究がおおむね順調に進展しているということができる。 また、すでに2023年度発表予定の論文を2022年度中に書き進めており、異分野(農学や昆虫学など)の専門家からも知見を集めている。『ムネーメ』翻訳についても、すでに第5章に取り掛かっているので、2023年度の夏休みに集中的に進める予定である。 さらに、ベルクソンに関する学会で刺激をうけた、同時代の記憶の問題へのアプローチを、研究の観点の一つに据える方向性が2022年度内に明確になった点についても、研究がおおむね順調に進展していると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度は「ムネーメ」理論の最大の難点である「記憶の遺伝」という問題に取り組む予定である。物質としての有機体が何らかの刺激を受け、それをいわば「記憶」するということは十分にあり得ることであるが、ゼーモンは一歩進んで、その「記憶」は次世代に遺伝する、という仮説を立てた。これは明らかにラマルク主義であるが、ゼーモンの同時代から、2000年代の初めまで、この説は完全に否定されてきた。 しかしながら、近年エピジェネティクスが知られるようになり、ネオ・ラマルキズムとでも言うべき事実関係が次々に明らかになってきた。2023年度はゼーモンを今日のエピジェネティクス理論の先駆として位置づけたいと企図している。 また著書『ムネーメ』の翻訳を進めるつもりである。科研の課題期間での全訳は無理であるが、期間を過ぎてもできれば全訳にこぎつけたい。 本課題では当初、ドイツ連邦共和国への調査旅行を計画していたが、コロナ禍のため、いまだに果たせずにいる。なんらかの方策、例えば研究期間の1年延長なども視野に入れ、海外(主としてドイツ)の研究者とも交流し、現地での資料収集ができればと考えている。
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Causes of Carryover |
多額の残額があるのは、繰り返し述べたように、初年度に予定していたドイツ連邦共和国への海外出張が、パンデミックの発生により不可能となり、その後3年間、その状態が続いたことによる。 2023年度は本課題の研究期間の最終年度に当たるが、予定としては「研究期間の延長」を申請し、最終年度を1年延ばして、本課題を発展的に推進するつもりである。その際、断念していた海外出張も視野に入れたい。
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Research Products
(2 results)