2020 Fiscal Year Research-status Report
シュルレアリスムの国際化における日本の事例ー脱エクゾチスムの解明ー
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20K00504
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
永井 敦子 上智大学, 文学部, 教授 (50217949)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 日本のシュルレアリスム / 日本の前衛詩 / エグゾチスム / シュルレアリスム / フランス文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度はコロナ禍の為研究計画作成当初予定していた小松清、福沢一郎、岡本太郎らのフランスでの活動に関する現地調査、ならびにシュルレアリスム運動の影響を受けた1930年代の日本の芸術家やその周辺の人々(小松清がフランスで交流した彫刻家清水多嘉示や、小松が帝国美術学校講師時代に知り合った矢崎博信などの画家たち)に関わる国内現地調査を行うことができなかった。 そのため出版物を通した研究が中心となったが、下のような研究成果をあげた。 1930年代後半の小松清の諸論考を分析し、彼がフランス起源で、アンドレ・マルローの文学からも着想を得た「行動主義」を紹介するなかで、文芸と美術のジャンルの別をこえて、芸術至上主義的な態度とプロレタリア芸術との双方から距離を取った第三の道を示そうとしたことの背景とその提示方法、さらに自動記述などには批判的な彼のシュルレアリスム観を明確にした。それによって1930年代のモダニスム芸術運動において小松が果たした役割を明らかにし、これらの研究に関連した論文をフランス語と日本語で執筆した。 第二次世界大戦前の文学におけるシュルレアリスムに関しては、フランス語訳アンソロジーの出版準備として冨士原清一、米倉壽仁、阪本越郎、永田助太郎らの詩作品のフランス語訳を行うとともに、彼らの詩と、雑誌『詩と詩論』とその周辺の刊行物の分析をした。そのなかで特に『詩と詩論』の中心にいた詩人で評論家の春山行夫の活動と論考に注目し、彼が詩と詩論で強調した主知性、客観性の発想源と、当時の日本の前衛詩の流れの上に春山がもたらそうとした主観から客観への転換の意味を分析した。また彼の詩論と詩作品との関係について考察し、論文を執筆した。 さらに詩と芸術に関するフランスの雑誌『A』でフランス人研究者と共同で「日本特集」を編み、そのなかでシュルレアリスムに影響をうけた芸術家を中心にとりあげた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナ禍により、フランス及び日本国内の諸地方の美術館や図書館に出張できなかった。そのため小松清、福沢一郎、岡本太郎、清水多嘉示らの1930年代のフランスにおける活動調査や、日本の地方美術館が所蔵する日本のシュルレアリスム画家やその周辺の人々に関する資料調査を行うことができなかった。また、日本のシュルレアリスム詩のフランス語版アンソロジーを出版するための出版社探しなどについても、取るべきプロセスに遅れが生じた。 前者についてはコロナ禍の情勢を見ながら、可能な範囲で実現してゆきたい。特に日本の地方美術館での調査については時期を選びながら実現させ、その結果をフランスでの調査に活かしたい。 以上のようにフィールドワークは不可能だったが、そのぶん多様な文献を熟読・分析した。1930年代の文献調査のためには古書を購入したほか、リプリント版を活用した。また日本近代文学館の所蔵資料も利用できた。その結果、当時の文学状況を横断的にとらえ、理論の重要性を強調した春山行夫や外山卯三郎などの評論家が、文芸と美術の別なく同時代の芸術家たちに影響を与えていたさまをとらえることができた。 アンソロジーの出版の予告となるべく、昨年度は詩と美術を扱うフランスの雑誌でフランス人のシュルレアリスム研究者との共同編集による日本特集を設け、そのなかで日本のシュルレアリスムを中心的に扱った。ページ数の関係で、準備していた小アンソロジーは掲載できなかったが、掲載した4名の日本のシュルレアリスム研究者の論考をフランス語に訳した。本年度はアンソロジーの出版に向け、詩のフランス語訳を増やしてゆくほか、構成案、序文、翻訳例などをまとめた企画書を作成し、対面による交渉可能性を待たずに、文書やオンラインによる面談などで交渉を始めてゆきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の構想時に、日本のシュルレアリスムの特徴としてあげ、その解明を本研究の目的とした「脱エグゾチスム」については、現在、昭和モダニズム詩において春山らが打ち出そうとした主知性、客観性を、その主要な要因の一部として考えている。またそうした性質が、感性の重視や主観性の強さが前提条件であると一般に考えられている抒情性と矛盾しないところを、当時の日本のシュルレアリスム詩の特徴のひとつと考え、そうした一群の詩作品を「客観的抒情詩」と仮称している。 2021年度はこの点について、彼らが参照したフランスの象徴主義、アポリネールなどの新精神、シュルレアリスムという近・現代詩の流れのなかの抒情性の問題を、Jean-Michel Maulpoixらの抒情詩研究をもとに検証し、そこに日本のシュルレアリスム詩を位置づけることを試みたい。 さらに上述したような方法と手順で、フランス語による日本のシュルレアリスム詩のアンソロジーを出版するためのコンテンツの充実と、出版社との交渉を進めてゆきたい。現在そのアンソロジーの構成としては、「先駆者」「象徴主義との決別」「画家たち」「純粋詩、フォルマリスト」、「分離派、モダニスムの抒情」「『新領土』の周辺」「「戦後」へ」という区分を検討している。
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Causes of Carryover |
予定していたフランスでの調査がコロナ禍により実行できなかったため。コロナ禍に関わる状況から判断して可能であれば、2021年に調査を実施したい。
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