2021 Fiscal Year Research-status Report
シュルレアリスムの国際化における日本の事例ー脱エクゾチスムの解明ー
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20K00504
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
永井 敦子 上智大学, 文学部, 教授 (50217949)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | モダニズム / シュルレアリスム / 近現代時 / 女性詩人 / エグゾチスム |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度もコロナ禍により、予定していた調査研究に支障が生じた。海外に関しては、1930年代を中心とした時期にフランスに滞在した小松清、福沢一郎、岡本太郎ら日本人思想家、芸術家の現地での活動状況、交流実態などの調査を行うことができなかった。国内に関しては感染状況の改善時期と活動可能時期とのタイミングがあわず、清水多嘉示と小松清や福沢一郎などとの交流実態の調査を行うことができず、その点で課題が残った。 ただ大学図書館の他大学関係者の利用が不可能ではあったものの、主として日本近代文学館や国立国会図書館所蔵の資料や書籍購入を利用した調査・分析により、研究を遂行することができた。 今年度中心的に推進した研究は、次のふたつである。 ひとつは本研究の中心課題の一つである、日本のシュルレアリスム詩のフランス語訳アンソロジーの準備である。年度の前半では掲載する詩人・作品を確定し、25名の詩人の合計約200作品のフランス語訳を、フランス人研究者の校閲を得ながら完成させた。さらにアンソロジーに加える掲載詩全体と1920年代から40年代の日本の社会と詩壇の状況を俯瞰した論考と、個々の掲載詩人の人物紹介を執筆した。年度の後半には複数の出版社に本書の出版企画を提出し、出版社を確定させた。 二点目としては、昨年度の研究において、特に詩誌『詩と詩論』やその周辺の作品について示した当時の日本のシュルレアリスム詩の客観的抒情性と、その「脱エグゾチスム」傾向との関係について、左川ちか、江間章子、永瀬清子という代表的な女性モダニズム詩人を主な対象として考察した。そして「西洋かぶれで流行に敏感なモダンガール」に見える彼女たちの作品が、それぞれのやり方で、そうした紋切り型を乗り越えていることを示した。また彼女たちの作品において、「脱エグゾチスム」と社会から期待される女性像の乗り越えとが不可分であることを示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナ禍により本務校においても海外出張が不許可で、フランスでの調査研究が行えなかった。また日本国内においても、大学図書館や資料館などの入場や利用が制限されたことと、感染防止の観点から、美術館学芸員や詩人・画家の知人・ご遺族などに対するインタビュー調査なども控えたため、調査に支障が生じた。2022年度については、コロナ禍の状況が改善されれば、先方への配慮をしつつ、こうした活動も行いたい。 フランスで出版予定の日本のシュルレアリスム詩アンソロジーの準備についても、翻訳詩のフランス語校閲を対面で受けながら訳を改善する作業や、出版社への企画の持ち込みを対面で行うことができなかったため、作業に支障や遅れが生じた。しかしながらビデオ会議システムの活用や、出版社との折衝について現地のフランス人研究者より推薦や情報提供や協力が受けられたおかげで、2022年度内に本を出版するために現時点までに終えておくべきことがらについては、作業を進めることができた。現在はウクライナ紛争のおかげで日本とフランスの間の郵便事情がよくないこともあり、必要な資料の入手や通信に遅延や困難が生じているが、リモート環境も活用し、できる限り円滑に研究や出版作業が進むよう努力したい。 また計画していた日本のシュルレアリスム詩や、それを対象とする研究のフランスでの紹介も、雑誌の特集号では2020年に行ったが、対面では現在まで実現できていない。さらに、国内の研究者との交流や協働作業の実現についても遅れている。ただし日本のモダニズム詩研究や日本のシュルレアリスム受容に関する研究を網羅的に読み、それらを日本の近現代詩研究史の上に位置づけることができたので、それらを次年度以降の研究に活かしてゆきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
日本のシュルレアリスム詩のフランス語訳アンソロジーを完成させる。そのため現在進行中の作品使用に関する権利者への権利許諾申請の手続きを終え、版が組まれたら校正作業を入念に行ない、22年度内の出版を目指す。またコロナ禍の状況によりフランスでの研究報告が可能になり次第、アンソロジーに掲載されている詩人の作品を中心に、フランスでで作品や研究の紹介を行う機会についても追求する。 脱エグゾチスムの一手段としての客観的抒情の追求についての研究を継続させ、日本の近現代詩史におけるシュルレアリスム詩の位置づけや特徴、評価すべき点などを明確にする。さらにそれを、1930年代の「シュルレアリスムの国際化」の一ケースとして日本の事例を紹介するための布石とする。 特に2021年度に行った研究において示した女性詩人たちの作品の諸特徴、とりわけ脱エグゾチスムやアセクシュアルな世界観や生活観の追求が、本件に関する有力な視点にもなりうることが認識できたので、これらの点についてさらに考察を深めるとともに、同様の視点を男性詩人の作品にも敷衍させる可能性を検討する。 また2020年の研究において、客観性を担保する一手段として春山行夫が詩論を重視した点に注目した際と同様の視点から、シュルレアリスム画家のなかでも理論を重視していた米倉壽仁の美術論を取り上げて分析し、理論性や理知性の重視というシュルレアリスムの一側面の重要性を、絵画の面から補強する。 さらに、ここまでの2年間の研究を通じて、一般的な認知度は低くても興味深い視点から同時期の前衛詩を研究されている幾人かの研究者の著書・論文を参照することができたので、22年度にはそうした研究者との研究交流や、彼らを招いた研究会や講演会を実施することにより、本研究が扱う分野の作品や研究状況の社会的認知度の向上にも努めたい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍によりフランスへの調査と出版作業を目的とするフランス滞在が不可能であったため。コロナ禍などの渡航・海外滞在に関する状況が改善すれば、2022年度にそれらを実現させ、そのために支出させていただきたい。
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