2021 Fiscal Year Research-status Report
ドイツにおける日本学-カール・フローレンツの日本文学研究の問題点を探る-
Project/Area Number |
20K00509
|
Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
辻 朋季 明治大学, 農学部, 専任准教授 (70709089)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
Keywords | カール・フローレンツの研究成果の分析 / 日本詩歌の翻訳形式をめぐって / 和歌の独訳比較 / ちりめん本 / 上田萬年とフローレンツ / 孝女白菊 / 藤原実定 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度は、カール・フローレンツの日本研究のあり方、特に日本詩歌の翻訳に対する彼の姿勢の連続性と変化を具体的に検証した。その手がかりとして、彼の翻訳詩集『東方からの詩人たちの挨拶』(1894年初版、「ちりめん本」形式)をめぐる上田萬年との翻訳論争(1895年)の後に同詩集に加筆された「序言」に注目するとともに、論争後に出版された『孝女白菊』の序言についても、論争との関連性に留意して分析した。その結果、これらの序言が、上田への再反論の意味合いを持っていること、また序言によりフローレンツが自らの立場を反復したという意味で、彼の態度に連続性が見られる一方、序言の追加そのものが上田の批判に応じており、その意味で彼の姿勢の変化が窺える点も明らかになった。 次に、この連続性と変化とに着目しつつ、では彼の翻訳姿勢がその後の研究業績では具体的にどう変化しているか(いないか)を探るべく、『東方からの詩人たちの挨拶』における翻訳作品と、後の彼の主著『日本文学史』(1906年)での翻訳との比較を行った。特に、前述の両著作でいずれも訳出された原作(出典は主に万葉集や古今和歌集)について、独訳の形式の変化ないし踏襲の有無を確かめたところ、同一の訳詩がどちらの著作にも採用されている例もわずかにある一方、ほとんどの作品は両著作間で翻訳が異なっていることがわかった。そして『東方からの詩人たちの挨拶』において上田の批判を招いた、原作の和歌の形式の踏襲が、『日本文学史』ではかなりの程度まで実現されており、かつ意味内容の面でも、原作に近づいていることを、藤原実定の和歌の翻訳比較などを通して立証した。その結果、上田との翻訳論争及び翻訳詩集の序言において表明された彼の立場(形式よりも詩情の移植を重視)が、『日本文学史』では大きく変化し、形式にも配慮した詩情の再現が行われるようになっていたことが明らかになった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初予定していた、翻訳詩集(東方からの詩人たちの挨拶)に加筆された序言の分析は概ね順調に進んだものの、その版ごとの序言の比較作業の一部が、コロナ禍に伴う国内外の図書館の利用制限によって進んでいない部分もある。『日本文学史』に引用された文学作品の原典の特定作業や翻訳内容の分析については、翻訳詩集と『日本文学史』に共通する和歌を中心に一定程度まで作業が進んでいるが、平安時代の作品の比較検討作業に予想以上に時間を要したため、鎌倉初期までしか進められていない。また、軍記物に対する評価を巡って、フローレンツの記述のトーンが、これまでの平安時代までの作品に対するそれとは著しく異なるなど、日本文学のジャンル別のフローレンツの価値判断の相違という、新たな検証作業が課題として浮かび上がるなど、単なる原作と翻訳の比較にとどまらない本研究の広がりを実感している。この点も、次の研究課題として要点を整理しつつ、引き続き『日本文学史』の分析作業(特に独訳の内容の検証)を行う予定である。
|
Strategy for Future Research Activity |
まずは本研究課題の目的である、『日本文学史』の記述の分析作業を最後まで終わらせたい。その際には、作品からの引用・独訳箇所を原典と対照して比較して独訳の妥当性を判断するとともに、文学史の捉え方や時代ごと・作品ジャンル別のフローレンツの価値評価にも注目する。特に、『落窪物語』の引用への彼の過度なこだわりや、軍記物に対するフローレンツの過度な肯定的評価など、『日本文学史』の中でも特異な記述に着目したい。軍記物については、『日本文学史』執筆時期の日本における軍記物の聖典化のプロセスが影響していると考えられるため、同時代の日本の文学史観との関連も探っていく。また、『東方からの詩人たちの挨拶』『孝女白菊』に続く彼の翻訳詩集『落葉』についても、これを上田との翻訳論争の関連で捉え、原作を併記した独訳詩集の刊行が、上田に対する応答になっているとの仮説を裏付ける作業を進める予定である。
|
Causes of Carryover |
フローレンツの翻訳詩集の、改版時の内容を比較するため、各地の図書館(国際日本文化研究センターなど)へ閲覧に出向く予定で旅費を計上していたが、コロナ禍により利用制限が厳しく、出張が行えていない。そのため予算を繰り越しており、行動制限の緩和に合わせて出張を再開する予定である。また鎌倉時代以降の文学作品の翻訳の検討に必要な書籍(古典文学全集など)も、今後研究の進展に伴って購入する。
|
Research Products
(1 results)