2021 Fiscal Year Research-status Report
一人称寄り視点が無い琉球語で生じる現象の究明と消滅の危機にある南琉球語の保存
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20K00547
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Research Institution | Fukuoka University of Education |
Principal Investigator |
荻野 千砂子 福岡教育大学, 教育学部, 准教授 (40331897)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 南琉球語 / 宮良方言 / 記述文法 / 謙譲語α |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度、論文化したのは、まず、南琉球語の親族名詞と呼称についてである。次に、宮良方言の包括的な文法記述である。宮良方言の音素、音節構造、アクセントについて概要を整理し、動詞活用の中でも、弱変化動詞で形態素境界で音韻変化が生じている状況を網羅的に記述した。動詞の派生形式である、使役形や受身形についても調査をした。さらに、アスペクト形式についてもまとめた。副詞や接続詞や感動詞など、活用しない自立語についても記述した。ただ、機能に関しては、まだ、分析が不十分な点がある。 新たに取り組んだテーマは、尊敬語の使役形式の解釈である。古典語の『源氏物語』には、「おはします」(いらっしゃる)の使役形があり、「従者の惟光が、主人の光源氏を*いらっしゃらせる」と直訳できる。だが、現代語に該当する使役文がないため、解釈については明確な答えがなかった。ところが、同じ形式が琉球語に見られることを明らかにした。南琉球語の黒島方言には、尊敬語の使役形、waar-as-uNがあり、宮良方言にも、oor-ah-uN(いらっしゃる-使役接辞-非過去接辞)がある。黒島方言でも宮良方言でも、尊敬語の使役形は、下位者が上位者の行動を「補佐する/促す」のような意味になることを明らかにした。その上で、この解釈を、古典語で参照することを試みた。 また、前年度から引き続き、謙譲語に関する調査を進めた。宮良方言のsikeehuN(お連れする)について、詳細な調査を行った。その結果、sikeehuNは補語(主語ではないもう一つの文の成分)を高める機能を持つが、同時に主語も高める機能が確認できた。この現象は、謙譲語αと同じであると結論づけ、現在、論文を執筆中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
現在、南琉球語における、尊敬語の使役形の研究は、順調に進んでいる。本動詞での機能は徐々に明らかになってきているが、補助動詞での機能は、まだ調査途中である。形式として、「本動詞の使役形+補助動詞なさる」と、「本動詞+補助動詞なさるの使役形」と、「本動詞の使役形+補助動詞なさるの使役形」の三形式が許容されることが分かったが、それぞれ、どのような違いがあるのかが、まだ明らかにできていない。 また、敬語機能の体系的な記述では、南琉球語の川平方言で、主語が無生物でも、述語で尊敬語を用いる例が見つかった。この場合、主語を高めているのではなく、聞き手を高めるという説明があった。この機能が確実にあれば、北琉球語の喜界方言の接辞-eerについても説明が可能となる。主語尊敬機能が、聞き手尊敬機能へと拡張し、丁寧語と似ている状況になっているのではないかと考える。だが、川平方言の調査は、60歳代の話者と、遠隔調査で辛うじてできている状況であり、80歳代の話者と会うことはできていない。そのため、確定できない状況である。 また、この二年間、北琉球語の調査は、全くできていない状況である。年配の話者が調査に不安を感じているためであり、何とか調査の再開ができないか、模索しているところである。
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Strategy for Future Research Activity |
一点目として、南琉球語の使役文について調査を進める。宮良方言では、強変化動詞に使役接辞-ah-と-asimir-が後接し、使役形が派生することは分かっているが、両者の意味的な違いが分かりにくいことがしばしばある。その違いは何なのかを、明らかにする。また、尊敬語の使役形についての考察も継続する。二点目として、尊敬語の補助動詞での使役形が、三形式ある点に注目し、それぞれの機能と意味を確認することとする。 三点目として、南琉球語の黒島方言でのサシアゲル相当語ujasuの論文執筆を行う。口頭発表は、二年前に行っているが、その後の補充調査ができていないため、今年度は、補充調査を行った上で論文化する。石垣市宮良方言と異なる点として、話し手より下位者が主語なのに、尊敬語の補助動詞が後接できる現象が見られた。これが、なぜ許容されるかを明らかにする。 四点目として、授受動詞関係については、北琉球語の調査を再開したい。北琉球語の喜界方言での授受動詞の補助動詞体系を明らかにする。喜界方言の授受動詞は、現代共通語の「ヤル・クレル・モラウ」の三体系ではなく、「クレル・クレル・モラウ」の二体系であるが、補助動詞では、「トラス・クレル・モラウ」の三体系である可能性がある。補助動詞から体系が変化する可能性は、古典語の授受動詞体系の変遷を考察する上で、大きな影響を及ぼすこととなる。また、南琉球語での尊敬語の使役形が明らかになってきたので、北琉球語にも存在するのか、調査を追加し、南琉球語との比較を試みたいと考える。可能であれば、北琉球語の与論島へも調査に行けないか検討をする。 さらに、昨年度は全くできなかった指示詞に関する調査も再開することとする。
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Causes of Carryover |
令和3年度は、新型コロナウィルスの流行により、現地調査にいけなかったことが大きな理由である。令和4年度は、PCR検査の拡充と、ワクチンや薬の普及により、調査に行けるようになれば、ただちに現地調査を開始する。
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