2022 Fiscal Year Research-status Report
日本再軍備をめぐる地域社会の葛藤-松本市の警察予備隊誘致をめぐって-
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20K00971
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Research Institution | Kobe Women's University |
Principal Investigator |
松下 孝昭 神戸女子大学, 文学部, 教授 (10278806)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 警察予備隊 / 演習地 / 松本市 |
Outline of Annual Research Achievements |
課題に関する資料調査はほぼ終了した。松本の地元紙『信陽新聞』を国立国会図書館・松本市中央図書館等で閲覧したほか、県紙『信濃毎日新聞』についてはデータベースが完備されているので、県立長野図書館で各地方版にまで目を通した。他に『北信毎日新聞』『南信日日新聞』などからも関連記事を収集した。公文書については、長野県立歴史館所蔵の県議会関係文書や松本市文書館所蔵の合併町村役場文書、安曇野市文書館所蔵の旧有明村役場文書などから必要な箇所を写真撮影によって収集した。軽井沢町役場では町議会の会議録が閲覧でき、必要箇所を撮影した。 これらをもとに、松本市が警察予備隊の誘致に成功したのち、部隊が必要とする演習地の確保をめぐって県内の他の自治体と軋轢を深めていく経緯を追った。松本部隊は当初は南郊の旧陸軍飛行場を演習地として利用していたものの、農地が荒らされるとして地元農民や自治体からの反発を受けた。霧ヶ峰や美ヶ原などの利用も画策したが、いずれも反発を受ける一方、軽井沢町では浅間山麓の演習地利用を受け入れようとする意向もあり、一時的に演習が実施できた。 こうした中で恒常的な演習地を確保しようとして、有明村の旧陸軍演習場の接収に乗り出すと、現地開拓農家の中には反対派と賛成派が生じてきた。反対派は地元自治体や革新団体と結んで強固な反対運動を展開するが、賛成派は松本市に支援を求めてくる。松本市は有明演習場の設置を求める陳情書を県議会に提出したため、議会の場でも論議となり、しきりに報道されるなどして県内で注目を集めた。結局この問題は、農林省が認可したなかったために立ち消えとなる。 以上の経緯に関して見通しが立った段階で、これを学術論文としてまとめる作業に入った。その結果、後掲の論文を執筆して『史学雑誌』に投稿し、査読を経て第131編第7号に掲載されるに至った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究課題に関する資料調査は、「研究実績の概要」欄で記したとおり、ほぼ終了した。それによって収集した資料を分析した結果、日本再軍備の端緒となった警察予備隊の創設が地域社会にもたらした波紋の一端を、松本市を中心とした長野県内の動向をもとに解明することができた。とりわけ有明村における演習地の確保をめぐっては、反対派と地元自治体・革新勢力との結びつきのほかに、賛成派と松本市との連携にも焦点をあてた結果、朝鮮戦争の勃発が長野県内の自治体間に分断をもたらした経緯を浮き上がらせることができ、当初の研究課題に迫ることができた。単に再軍備に反対する動きだけではなく、警察予備隊の立地による経済効果や周辺のインフラ整備の便宜としてこれを受容しようとする動向もある実態が浮かび上がってきたのである。 こうして得られた知見を学術論文としてまとめ、前述したとおり査読雑誌に投稿して掲載されるに至った。以上のような進捗状況に鑑みて、「おおむね順調に進展している」と自己評価している。 もっとも、本研究が単なる事例研究に終わらないために、より広い展望を持つ必要がある。全国の警察予備隊(のち自衛隊)が立地した他の地点にも目配りし、全般的な状況の中に本研究対象を位置づける必要もあると痛感するに至ったのである。そのため、前掲論文の末尾では、他に愛媛県・宮城県・静岡県など現時点で把握しえた他県の事例を盛り込んで論を展開しておいた。 とはいえ、この点ではまだ不充分であることは自覚しており、本研究期間の最終年度までさらに多くの事例を求めて研究を続けていくことにする。その意味において、当初の計画以上に進展しているとまでは評価し難いのが現状である。
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Strategy for Future Research Activity |
研究課題に関する論文を作成する過程で、次なる課題が浮上してきた。本研究対象は松本市を中心とした長野県に関する一事例であるが、同様の事象が他地域でも見られるか否かという普遍化に結びつく問題が念頭に上がってきたのである。この点は「現在までの進捗状況」欄にも記しておいたとおりである。学界では自衛隊反対闘争に関する研究はいくつかあるが、本研究のように様々な思惑から自衛隊と共存して地域振興を果たそうとする視角からする研究はほとんどなく、既存の研究を参照系とすることは困難である。そのことから、類似する地点をもう一か所選び、松本市の場合と比較検討するという方法で今後の研究を推進するのが有意義であると考えた。 そのために着目したのが、北隣の新潟県高田市(現上越市)のケースである。高田市は、松本市と同じく戦前は旧陸軍の所在地であった。戦後は警察予備隊の誘致運動をおこない、その立地の獲得に成功したという点でもきわめて類似した自治体である。その高田部隊でも、演習地の確保については辛苦している。そこで、旧陸軍の関山演習場に狙いをしぼり、多年にわたる開拓農民や地元自治体との折衝を経て買収を進め、演習地化することに成功しているのである。その過程において高田市は、本研究で明らかにした松本市と同様に、演習地確保のために介在しているのではないかとの仮説を立てている。 高田市が旧陸軍の師団の誘致につとめ、日露戦後の1908年に成功したことは、既に別論文(『史学雑誌』130編3号)で論じている。今後はその延長上に、戦後の高田市における警察予備隊の誘致運動と周辺自治体との関係性を解明し、松本市を対象とした今回の研究課題との比較検討を進めていく。
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Causes of Carryover |
前年度はコロナ禍による制約が厳しく、資料調査のための旅費の執行が滞って、かなりの金額が未使用となる結果となったが、本年度は行動制限等がかなり緩和され、おおむね計画どおり調査に赴くことができた。それでもなお、調査日数を減らしたケースもあり、その分だけ未使用額が発生した。これらは次年度に繰り入れて、追加調査のための旅費として使用する予定である。
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Research Products
(1 results)