2021 Fiscal Year Research-status Report
The Formation and Transformation of the Medieval Islamic Medicine in the Yuan-Ming Period: a study on Huihui Yao Fang
Project/Area Number |
20K01014
|
Research Institution | 防衛大学校(総合教育学群、人文社会科学群、応用科学群、電気情報学群及びシステム工学群) |
Principal Investigator |
尾崎 貴久子 防衛大学校(総合教育学群、人文社会科学群、応用科学群、電気情報学群及びシステム工学群), 総合教育学群, 教授 (00545733)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
Keywords | イスラム医学 / ホラズムシャーの宝庫 / 医学典範 / 東西文化交流 / 回回薬方 / 焼灼 / 針灸 / 中医学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、漢語イスラム医学書『回回薬方』(以下『回回』とする)の引用元のイスラム医書原典の究明であり、アラビア語・ペルシャ語・漢文の一文一文の比較検証をすすめ以下の成果を得た。 (1)外科専門書の第34巻の「針灸門」はイスラム医学の焼灼治療がその内容であること、その漢文記述は10世紀アラビア語『医学完全』との一致を昨年見いだしたが、今年度は新たに12世紀ペルシャ語医書『ホラズムシャーの宝庫』(以下、『宝庫』)との焼灼記述の一致を発見した。3書の記述内容の検討を行い、イスラム医学情報の、アラビア語(10世紀)からペルシャ語(12世紀)そして漢文(13世紀)という翻訳ルートを解明した。 (2)中国でのイスラム医学理解における重要な問題として今後注目したい事項を見いだした。それはイスラム医学における症例名を、中国医学における症状(證)に置き換えた事例である。あるイスラム医学上の病気の治療法を、当時の中国の風土病の治療法に置き換えていた。これは、中国のイスラム医学者らによる医療の実相を知る鍵となろう。この問題については調査継続中である。 (3)第30巻の引用元である『宝庫』は、『回回』と同様、その医書の特質や引用踏襲の系譜について検討が十分なされていない。引き続きアラビア語医書との連関性を念頭におきつつ、『宝庫』と『回回』の内容の連関性を調査中である。 (4)甘味飲料『舎里別』(アラビア語のシャーベット)など、『回回』第30巻中の薬品のいくつかは、中東イスラム地域の日常嗜好品・薬品であることを明らかにした。『回回』の薬剤は、貴重な大病の治療薬だけでなく、日常健康の維持のための常用薬品も含まれている点に理解を深めた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
『回回』第30巻の「我」の部分は、『回回』の編者を指すのではなく、『宝庫』の編者である場合と、『宝庫』に引用された『医学』の著者イブン・スィーナーの場合を見いだした。これは、『宝庫』から『回回』への直接的な引用踏襲関係を示す明確な証拠といえる。『回回』と『宝庫』との引用踏襲関係は、従来の研究では可能性は指摘されながらも確証にはいたってはいなかった。一文一文の漢文・ペルシャ語・アラビア語記述の比較手法による新たな発見といえる。これは『回回』の成立背景であるイスラム医学の東への伝播と定着に新たな視点を照射するものとして画期的なものである。というのも今回の発見は、中国でのイスラム医学の普及におけるペルシャ語の介在の可能性につながるからである。5月の医史学会での発表準備を進めている。 さらに新たな発見は、インド医学の薬としてイスラム医学に入ってきた薬品2種を『回回』の調剤レシピのなかに見いだした。一つは、若返りの薬として、すでに10世紀以前より広くアラビア語医書に散見される「1年間の薬(dawa' al-sana)」である。この薬がいかようにイスラム医学に流入したかの経路を知る手がかりとなる記述を、10世紀のエジプト医師タミーミーの書から見いだした。二つめは、「イトリーファル(itrifal)」という剤型名である。ミロバラン入り健胃ジャムで「インド医学の薬剤である」と10世紀のイスラム医学書に記録されている。しかし9世紀10世紀のアラビア語医書にはほとんど記載がなく、12世紀イラン地域で編纂された『宝庫』に突如21種ものレシピが記録され、14世紀末の『回回』では23種のレシピがある。これらの中東地域での利用普及の課程ついて、現在調査を開始している。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は、(1)『回回』の引用元のアラビア語・ペルシャ語原典の探索と検証、(2)個別の薬・剤型に焦点をあて、それが『回回』に記載されるに至った経緯の調査、(3)漢語名の病状の検討、の3方向から“中国化”を検討する。 (1)昨年度に新たに発見した『回回』の引用元のペルシャ語医書『宝庫』との記述内容の比較検証に継続的に取りかかる。また未だ引用元を一冊も同定できていない第12巻の中風・麻痺論に関する引用元の探索に着手する。資料収集に関しては、12世紀『宝庫』以後のペルシャ語医書の探索・調査・収集をアラビア語医書類の収集と同時進行で開始する。12世紀以降イラン・インド地域で多数の、ペルシャ語イスラム医書が編纂されてきた。しかし現在に至るまで写本状態のまま各地の文書館に所蔵されており、個々の医学書研究もほぼ未着手の状態である。 (2)『回回』に記載された個々の薬・剤型について、現存するアラビア語ペルシャ語文献(医書や地理書、旅行書など)から、その由来や利用状況を広く徹底的に収集する。こうした作業から、ユーラシア大陸で8世紀以降14世紀末までに起こっていた各地域の医学交流の様相を知る手がかりを得ることができると考える。例えばこれまでに①インド医学由来でイスラム医学に入った薬(「一年の薬」・剤型名イトリーファル)や、②中国医学の薬で『回回』に入った薬(「鶴頂丹」)など見いだしている。これらの薬品類の記述の収集・調査は、中国での多種の病に対峙した回回医(イスラム医学医療者)の治療活動を浮かび上がらせるものと考える。 (3)『回回』に記述された漢語の病状名と、引用元のアラビア語・ペルシャ語の病名の比較を行い、中国でのイスラム医学治療者による病の理解、ひいては彼らの病の概念の“中国化”についての端緒を捉える。
|
Causes of Carryover |
今年度は予定する国内海外出張を施行できなかった。発注済みアラビア語・ペルシャ語漢文書籍類は未だ日本に到着していない。今後海外渡航実施の可能状況と海外からの物品の到着状況をみて実施に取り組む。
|
Remarks |
招聘講演『アラビアン・ナイト』時代のムスリムたちの食べもの ー 史料を読み解く、東京ジャーミィ特別公開文化講座 2021年9月25日
|