2022 Fiscal Year Research-status Report
古代ローマにおける取引実務の実像と担保法理論への影響に関する研究
Project/Area Number |
20K01237
|
Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
宮坂 渉 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (70434230)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | ローマ法 / カトー『農業論』 / スルピキウス家文書 / 担保物売却 |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度は、第1に、前年度に引き続き、古代ローマ社会で展開された取引実務の実像と取引当事者の意識との解明を目指した。7月から1年間のサバティカル休暇を取得し、イタリア・フィレンツェ大学で在外研究を開始することができた結果、同大学の図書館にてカトー著『農業論』、ティトゥス・リウィウス著『ローマ建国以来の歴史』にかんする資料収集を行うことができた。その成果は2023年度中に公表する予定である。第2に、古代ローマ担保法制にかんする法学者の見解と皇帝が発した勅法との分析を踏まえた、担保物売却の歴史的展開について検討した結果、以下の知見を得た。①物的担保の性格と不履行時の担保物の帰趨について、古くは、担保物は債権者によって没収される(いわゆるVerfallpfand)との見解が有力であったが、近時の研究では、担保物売却の史的展開を3つの段階に分け、担保物売却の合意が徐々に一般的となっていく過程を説明する見解が唱えられていることを把握した。②紀元後1世紀のポンペイ出土スルピキウス家文書は、担保権設定に際して債権者と債務者との間で、債務不履行時に債権者が担保物を売却する権限を有するとの合意が為されたことを伝えているが、この売却権について特別の合意を要したのか否かについては古典期法学者の間でも争いがあったこと、3世紀前半には特別の合意は必要でなくなったことが、学説彙纂の法文ならびに同時代の勅法から明らかとなった。③担保物売却は、両当事者にとって担保物の価格増減というリスクの回避、という利点があり、そのメリットを肯定的に評価した法学者たちや皇帝たちが担保物売却の合意を法政策として採用したと考えられ、そこには流質約款の拡大を防止するとの政策的意図があった、しかしその政策の効果は限定的であった、との仮説を導くことができた。以上の成果は2023年8月にフィンランド・ヘルシンキで開催される古代法学会にて報告する予定である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
遅れていたカトー著『農業論』、ティトゥス・リウィウス著『ローマ建国以来の歴史』等の文学作品との比較は大きく進展した。他方、喜劇作家プラウトゥスの作品『捕虜Captivi』の分析を踏まえた、スルピキウス家文書についての研究成果は、2022年内に共著書として刊行予定であったが、共著者1名の原稿提出が遅れたため、刊行時期が2023年度にずれ込むこととなった。担保物売却の歴史的展開については、上述のとおり研究自体は順調に進展しているが、2022年9月にベルギー・ブリュッセルで開催された古代法学会で報告の予定であったものの、体調不良のため学会参加をキャンセルせざるを得なかった。これに伴い、同学会でリクルートした研究者を招いての研究会も実施することができず、フィレンツェ大学、トリノ大学のローマ法研究者との意見交換を行うことができたにとどまった。
|
Strategy for Future Research Activity |
2023年7月までの在外研究期間中は、海外での資料収集と研究報告、海外の研究者との研究会の開催を可能な限り推進する。また、計画の遅れを取り戻すべく、翻訳作業ならびに上記の研究成果と文学作品との比較を進めるほか、引き続き、キケローの諸著作ならびにスルピキウス家文書の分析を進める。さらに、担保物売却の歴史的展開にかんする成果を、日本ローマ法研究会で報告し、『法制史研究』あるいは『ローマ法雑誌』へ投稿する。
|
Causes of Carryover |
2022年度は体調不良のため海外での学会発表が実現できなかったため、その分の支出の必要が生じなかった。2023年度は資料収集、海外での学会発表、研究者を日本に招いての国際研究会開催の費用に加えて、研究成果報告書の印刷にも支出が必要である。
|
Research Products
(1 results)