2022 Fiscal Year Research-status Report
働き方と社会保障の関係の再定位:基礎理論と「社会保障実践」の両面から
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20K01340
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Research Institution | Fukuoka University |
Principal Investigator |
山下 慎一 福岡大学, 法学部, 教授 (10631509)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 社会保障のトリセツ / 利用者目線 / ユーザビリティ / 法情報提供 / 生活保護基準 / 情報提供義務 |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度に実施した研究のうち、最も重要なものは、社会保障に関する法情報を広く一般に伝えることである。というのも、本研究が「働き方と社会保障の関係」を再定位したうえで政策的な実現可能性を高めるにあたっては、現状を広く社会全般に伝え、その問題点を共有することが必須であるからである。この点に係る具体的な研究実績は下記のとおりである。 第一に、単著『社会保障のトリセツ』の出版が挙げられる(詳細は業績に係る欄に記載)。日本の社会保障制度は大変複雑であるため、しばしば専門家にとっても、制度の理解が困難を極める。また、一部の社会保障給付は、受給のための要件が詳細に規定されていることも多いため、行政の側は、ある特定の給付が不可能な場合には別の給付を紹介する、という制度横断的な説明を利用者(市民)に示すことが必要だが、それは決して容易ではない。つまり、社会保障のしくみを理解することは、専門家にとっても、利用者たる市民にとっても非常に重要だが、そのための分かりやすい資料が現状では不足している。そこで、悩み事から適切な給付を「逆引き」することが可能であり、かつ社会保障の全体像や個々の給付の相互関係を誰にでも分かりやすいようにイラストで説明する書籍を刊行した。社会保障を実際に利用・提供する局面でも、現行の社会保障の問題点を知る上でも、本書が「共通言語」としての役割を果たすものと期待される。 第二に、日本医事新報誌における「識者の眼」の連載開始である。本連載では、「情報提供義務」という観点から、現在の社会保障の問題点とそれに対する自衛手段を、広く医療関係者に伝えることを目指している。 以上のような法情報の提供とは別個の方針としては、「働き方と社会保障」の問題が先鋭に現れる局面としての生活保護に関する近時の訴訟について、裁判例分析を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の見込みでは、現在の社会保障の在りようを広く社会一般に伝えるための書籍の刊行が、本研究課題の1つのゴールとして想定されていたものの、上記のとおり想定よりも早くそれを実現できた。 そして、上記の書籍を早期に刊行し、そのことを全国20前後の新聞に取り上げられたことにより、いくつかの団体から、「働き方と社会保障」の関係に関するセミナーや講演の依頼を受け、実施することができた。たとえば、フリーランスの映画業界従事者に向けて実施したセミナーは、労働者(被用者)とフリーランス(個人事業主・自営業者)の社会保障の違いに焦点を当てた内容であり、まさに本研究課題の目的を体現できたものであると言える。さらに、セミナー参加者からも新たな問題提起を受けとることができ、それによって更なる研究すべき課題を発見することができた。社会との相互作用によって研究を深めるという意味でも、本研究課題は理想的な進展を見せている。 以上の意味では、研究の進捗は当初よりも順調であると評価できる。 ただし、1年間の期間延長により、本研究課題の研究の全容を社会に発信するような、もう1つの書籍の刊行を視野に入れることが可能となった。その他にも、多様な方法による社会発信という観点から、書籍だけではないフォーマットも鋭意模索中である。この点も含む、スケールを当初よりも拡大した研究の全体の位置づけからすれば、現時点の進捗は、おおむね順調であると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方法については、以下の2つを想定している。 第一に、社会保障と働き方の関係がどのように立法資料などにおいて現れているかを詳細に調査することである。 現在までの研究の進展で、本研究課題の言うところの「社会保障実践」に関しては、ある程度のサンプルを集めることができた。これらのサンプルを類型化することで、社会保障実践の意義と限界を見極めることはおそらく可能である。さらに 本研究課題の言う基礎研究に関しても、日本国憲法上の勤労の義務の法的意義などをはじめとして、研究を深めることができた。これらを前提として最終年度である2023年度には、現在の社会保障制度を形成している諸法が、どのような経緯によって働き方による制度分立を正当化してきたのかを詳細に調査する。この際には、これまで通説とされてきたような説明を一旦視野の外に置き、立法資料等の厳密な調査に基づく実証的な研究を行う。 第二に、研究成果の 他チャンネルによる発信により社会のあらゆる層に研究成果を還元することである。 現在までの研究課題の遂行状況によって、書籍や雑誌記事のように、文字をベースとした研究成果の発信には十分取り組んでいる。その中にはイラストやフローチャートをふんだんに用いて、文字だけでは伝えきれないような情報を読者に伝えるものもある(『社会保障のトリセツ』)。ところが他方で、上記はあくまで文字情報をベースとしたものに 留まっているという問題がある。これでは、例えば動画しか視聴しないような層や、漫画しか読まないような層には研究成果を還元できない。社会保障はありとあらゆる人に関わるとを考えると、現状の還元方法では不十分であると考えられる。そこで、最終年度となる今年度は、 漫画やYouTubeといった多様なフォーマットにより研究成果を公表していくことが可能かどうかを検討していきたい。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は、本研究課題申請後に生じたコロナ禍により、当該年度中に予定していた出張が実施できなかったためである。 使用計画としては、研究計画調書に記載の「社会保障実践」の調査(インタビュー調査及び出張が可能であれば出張旅費など)に費やすこと、「基礎理論」の調査資料としての書籍費、さらには本研究計画が立てた仮説を専門家に検証依頼するための研究会開催費用などに費やすことを計画している。
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