2020 Fiscal Year Research-status Report
CSR情報開示が企業の社会的責任活動に与えるフィードバック効果の解析
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20K02036
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Research Institution | Shiga University |
Principal Investigator |
野田 昭宏 滋賀大学, 経済学部, 教授 (40350235)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 社会的責任投資会計 / CSR会計情報の自発的開示 / CSR情報開示規制 / 会計報告のフィードバック機能 / 企業の社会的責任活動 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は企業の社会的責任(CSR)活動に関する情報開示が,企業のCSRに関する経営決定に及ぼすフィードバック効果をモデル分析し,CSR情報の開示が企業のCSR活動を促進する条件を導出することを目的とする。CSR情報の開示が企業のCSR投資に関する経営決定に影響を及ぼすメカニズムを解明し,持続可能な開発目標と整合的な企業活動を促進するための情報開示制度の設計へ展開する基盤を確立する。
本年度は,初年度として, CSR情報開示が株価を通じて企業のCSR活動水準に与える影響に関するベンチマークを導出することを企図した。企業活動の外部性に関して不均一な選好をもつ投資者層から構成される資本市場において,財務報告およびCSR会計情報が公表されるモデルを設定した。具体的には,企業活動から生じるキャッシュ・フロー成果にのみ関心をもつ一般的投資者と,キャッシュ・フローのみならず企業の外部性に関してwarm-glow givingインセンティブをもつ投資者から構成される証券市場を仮定し,企業がCSRプロジェクト政策を決定するとともに,当該プロジェクトから生じた正の外部性をCSR会計システム(外生的に与えられる)にもとづいて測定・報告するモデルを提示した。本モデルにおいては,企業のCSR投資は将来の株主に帰属するキャッシュ・フローを移転させて,正の外部性をもたらす効果をもつ。
ベンチマーク分析から,企業が2つの会計報告の相対的な質に依存してCSR投資決定するという結果を得た。透明性の高い(低い)財務情報を報告している企業が,相対的に低品質(高品質)のCSR情報を開示する場合,企業は低水準(高水準)のCSR投資を選択する。この結果は,企業の業績報告の相対的な質が,報告利用者をスクリーニングする効果をもち,選択された情報利用者の需要を増大させるように企業が実体的な裁量行動をとることを示唆していた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は3段階の研究プロセスを設定した。(1)初年度に,証券市場におけるCSR情報開示が株価を通じて企業のCSR投資水準に及ぼす影響を明らかにする。第2年度以降に(2)CSR情報の開示政策を内生変数として導入したモデルに依拠して,強制開示制度が任意開示制度に比べてCSR活動への取り組みを促進するかを明らかにするとともに, (3)CSR情報開示が企業の所有構造を通じて企業のCSR活動政策に与える影響を分析する。
本年度は,上述(1)に関連して,企業活動の外部性に関して不均一選好をもつ投資者層から構成される資本市場において財務情報およびCSR情報が公表されるモデルを提示し,投資者層の需要,株価反応および,企業のCSRプロジェクト投資政策を導出した。分析の主要な結果は次の通りである。1)企業のCSRプロジェクト投資は,企業が開示する財務報告とCSR報告の相対的な質(事後分散比)に依存する。財務報告の質がCSR報告に比べて十分に小さい場合,企業はCSR活動への投資水準を低下させ,正の外部性をもたらす企業活動が抑制される。2)市場に占める社会責任投資が増大するにしたがって,企業が正の外部性を生ずるプロジェクトに投資する確率が大きくなる。3)将来株主に帰属するキャッシュフロー配当を正の外部性を生じるCSR投資に移転させることによる限界外部性と企業の投資水準は正の関連性をもつ。
本年度研究の結果は,CSR報告の質がCSR投資政策に影響を与える要因となっていることを示唆するものであり,このCSR投資決定を前提として,経営者がCSR報告の裁量的報告政策を決定しているメカニズムを第2年度以降に明らかにするための基礎を与える。この研究進捗は,本研究が当初計画していた初年度研究課題を達成する状況を示しており,この観点から,本研究は概ね順調に進展しているものと判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度のベンチマーク成果を基礎として,2方向に研究を展開させる予定である。(1)任意開示制度の下で生じるCSR投資水準を強制開示規制における水準と比較分析する。(2)CSR投資活動に関する株主決議をモデルに導入し,CSR会計報告が決議を通じて企業のCSR投資水準に及ぼす影響を明らかにする予定である。
上記(1)においては,企業がCSR情報を任意開示するという仮定をモデルに導入し,1)企業が自発的にCSR情報を開示する条件を求めるとともに,2)当該開示政策の下で企業が選択する最適CSR投資水準を導出する。さらに,3)強制的情報開示規制におけるCSR活動水準と任意開示における水準を比較する。CSR情報の強制的開示規制が任意開示における場合より高水準のCSR投資を促す条件を導出し,CSR会計報告規制の根拠を提示する。法定開示と任意開示が併存する国際的な制度環境で,わが国におけるCSR情報の報告制度を設計する理論的根拠を提示することを意図している。
上記(2)は,企業によるCSR投資プロジェクトの選択が,株主提案および議決権行使によって事後的に変更される可能性をモデルに導入し,CSR情報が株主行動を通じてCSR活動を促進するメカニズムを解明する。具体的には,1) CSR情報開示後の市場取引において生じた株主構成の下で,企業が当初選択したCSR投資政策が株主提案および決議によって事後的に変更される条件を求める。2) 株主による経営政策介入を所与として,CSR情報公表後の市場取引から生じる株主構成を導出し,3) 株主決議および株主構成を所与として,企業が当初に決定するCSR投資水準を導出する。CSR情報の開示が,株主の議決権行使によって,企業のCSR政策に影響を及ぼすかを解明することにより,証券価格に代替するCSR経営への規律づけメカニズムの理論構築へと展開が期待される。
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Causes of Carryover |
(理由)次年度に生じた使用額は,当初計画した国際学会(European Accounting Association)年次コングレス論題報告1件と国内学会(日本会計研究学会)における論題報告1件について感染症拡大を考慮して中止したため出張旅費が未使用となったことと,それに付随して予定していた英文校閲発注をキャンセルしたことに起因する差異である。
(使用計画)初年度に得たモデル分析の成果を国内外において報告するとともに,海外研究者との情報交換を行うための旅費と,成果公表のための英文校閲及び投稿費用に使用する予定である。
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