2020 Fiscal Year Research-status Report
国語教育学の発展における日本語学が果たした役割に関する研究-昭和前期を中心に-
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20K02869
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Research Institution | Tezukayama University |
Principal Investigator |
吉田 雅昭 帝塚山大学, 教育学部, 准教授 (40709309)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 国語教育学 / 日本語学 / 時枝誠記 / 古田拡 / 言語過程説 / 国語教育の方法 / 改稿 国語教育の方法 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、戦後の日本語学と国語教育学の両分野で活躍し、日本語学者(国語学者)の中でも国語教育学にも深く関わった人物である時枝誠記に焦点を当てた。時枝は、自身の言語理論である<言語過程説>に基づいた国語教育理論を主張したが、時枝国語教育論がどう展開したのか、そして国語教育学界からの反応という2点について考察を進めた。 時枝の国語教育論の展開については、彼の著書である『国語教育の方法』(旧版)とその改稿版である『改稿 国語教育の方法』(改稿版)との比較により、考察した。時枝の理論は、基本的な言語能力の育成こそが国語教育の主要な目的である、という考えに貫かれており、それ自体は変化することは無かった。だが、本研究を通し、改稿版では、文学における鑑賞の否定、また、文章を冒頭からたどるように読む<たどり読み>を唱えるなど、旧版に比べ、時枝独自の主張が目立つ構成であることが分かった。旧版と改稿版では9年間の開きがあるが、その間に、時枝はより独自の主張を推し進めたと考えられるのである。 時枝理論への国語教育学界からの反応については、時枝と、当時を代表する国語教育学者の一人である古田拡との論争をテーマに考察を行った。時枝の読解理論である、たどり読みは、文章を直線的な時間軸で捉える考えだが、古田は、文章を空間的に捉える必要があること、たどり読みは低学年には当てはまるとしても、学年が進むにつれ通用しなくなると考え、時枝を批判した。時枝は日本語学(国語学)の立場から言語能力の習得を重視する国語教育論を唱えたが、基礎的な国語力の育成だけを問題視していた。そのため、国語教育の中でも、初歩的な範囲を対象とする限定的な理論だったと考えられるのである。 研究成果は『帝塚山大学子育て支援センター紀要』(2号)及び『国語学研究』(60集)から刊行される。コロナ禍の厳しい環境だったが、上記の成果となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度は、特に当初から数か月は新型コロナ感染症の影響が大きく、予定した学会発表を取り下げるなど、しばらくは研究を進めることができなかった。しかし、徐々にオンラインによる活動が定着していったり人の移動も再開したりする中で、研究を進めることができるようになった。本研究は、昭和前期の日本語学者(国語学者)の中で、国語教育と関わった人物の理論的考察を主眼としているが、対象となる中心人物は時枝誠記であり、時枝理論を掘り下げることが主要テーマの一つだったので、当該年度ではその目的を達成することができた。 時枝と同時代の国語教育学者の比較を計画していたが、時枝批判を行った国語教育学者である古田拡を取り上げ、時枝と古田の論争を考察した。当初は別の人物との比較を考えていたが、古田が時枝に対し真正面から批判を展開したことから、考察対象とした。時枝の読解理論は文章を時間的に一直線に展開すると考えており、基本的な読み方ではあるが、基礎に止まっていてそれだけでは実際の授業では適応できない点が多いことが、古田の批判から明らかになった。また、時枝は自身の言語理論(言語過程説)に適合する範囲での国語教育論を唱えたため、限られた範囲の理論であるという問題点も見えてきた。 そして、時枝の国語教育論は、基本的な点では変化が無かったが、細かく見ると変化が生じている。その変化について、彼の著書である『国語教育の方法』とその改稿版との比較を通して、考察を行うことができた。最初は、戦後教育の経験主義に対抗するように、国語教育は訓練を主とする技術教育だと主張した。改稿版では、自分の立場として<能力主義>を唱え、言語能力の育成を強調した。また、文学での鑑賞否定やたどり読みを主張し、独自色を打ち出した構成となったことがわかった。 本研究により、時枝国語教育理論の独自性やその限界を示すことができたと思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでは、時枝誠記が主張した国語教育論を主な対象としていたが、今後は、時枝以外の日本語学者(国語学者)の国語教育論についても考察を行う予定である。日本語学的立場から国語教育に関わった人物は複数いるが、当面は、奥田靖雄という人物の理論の検討を進める予定である。奥田は、戦後、日本語の文法研究を推し進め、現在に至る日本語学(特に現代語の研究)に大きな影響を及ぼした人物である。また、奥田は教育科学研究会に所属し、マルクス主義的立場から民間教育運動に関わり、特に1950~60年代は在野の研究者として、積極的に国語教育にも携わっていた。奥田の理論を考察することで、戦後の国語教育に対し日本語学がどのような役割を果たしたのかを、考察していきたい。 そして奥田は、自身がリーダーを務める言語学研究会や教育科学研究会国語部会などで多くの実践家と共に日本語や国語教育の研究を進めた。その中で、教科研方式と呼ばれる読解理論を編み出し、その方式に根差した教育を展開した。日本各地の国語教師が奥田の指導を受けながら国語の授業を実践し、その成果を出版物等にまとめた。こうした実践は、時に他の民間教育団体の考えと対立することもあり、論争を生じさせることもあった。それだけでなく、奥田は時枝誠記の理論とも対立し、時枝批判を述べていた。奥田と当時の様々な国語教育の考えとを比較することで、戦後国語教育の一端を明らかにしたい。 奥田だけでなく、戦前から方言研究で活躍しながら独自の国語教育理論を唱えた日本語学者である、藤原与一の理論の検討も進めたいと考えている。藤原は複数の国語教育に関する著作を残している。以前、藤原の総論的な考察は行ったことがあるので、今後は、各著作を深掘りし、各論の考察を進めたい。方言を視野に入れた国語教育理論を扱うことで、国語教育理論の多様さを示すことができると考えられる。
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Causes of Carryover |
今年度は、新型コロナウイルス感染症の影響により会場を利用して行う予定だった学会の開催が全く無くなり、オンライン開催となったため、旅費の使用が発生しない状況になり、予定よりも支出が大きく減ったことが大きく影響している。当初は遠方で開催される予定だった学会に対する支出を考えていたが、旅費を伴わずに学会発表を行うこととなった。また、物品費については、カラーインクジェット複合機の支出が大きかったが、それ以外は消耗品の出費は生じたものの、大型の製品等の支出が無かったことから、次年度使用額が生じた。 今後の使用計画としては、オンラインではなく対面での学会が行われるようになった際は、学会出張の旅費が発生するので、それらの出費に当てる予定である。また、今後は資料購入などにより、これまでよりは大型の出費が発生すると見込んでいる。ただし、人の移動の抑制により、当面、旅費などは発生しない可能性もある。
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