2021 Fiscal Year Research-status Report
国語教育学の発展における日本語学が果たした役割に関する研究-昭和前期を中心に-
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20K02869
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Research Institution | Tezukayama University |
Principal Investigator |
吉田 雅昭 帝塚山大学, 教育学部, 准教授 (40709309)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 国語教育学 / 奥田靖雄 / 藤原与一 / 文学教育 / 方言学 / 民間教育運動 / 生活語 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、昭和期、国語教育学と深く関わった日本語学者のうち、二人の人物を考察した。一人は、戦前の満州にあったハルピン学院でロシア語を習得し、戦後、ロシア・ソビエト言語学の影響を受けつつ、現代に至る日本語学の形成に影響を与えた奥田靖雄という人物である。奥田は、戦後の長い間、民間教育運動の担い手として国語教育に対しても積極的に関わった人物である。もう一人は、戦前に広島高等師範学校から広島文理科大学に進み、卒業後、広島の地で方言研究に従事し、日本の方言学の大きく発展させつつ、方言話者の言語問題という意識から独自の考えを持って国語教育への積極的な発言を行った、藤原与一という人物である。藤原は、方言に基づいた生活語の向上を目指し、地方に住む人の言語能力の向上が必要だと考え、独特の理論を築いた。 研究成果として、2回の学会発表を行った。1回目は、「文学教育に関する奥田靖雄の主観主義批判について-日本語学的立場からの国語教育論-」というタイトルで、『第140回 全国大学国語教育学会 2021年春期大会』においてZoom発表をした。この発表は、奥田の文学教育の考えを扱ったものだが、民間教育運動のセクト的一面が垣間見られると共に、当時の国語教育が何を目指していたかを知る手掛かりになる論争だと考えられる。 2回目の発表は、「藤原与一の初期国語教育論について-1930,40 年代の言説-」というタイトルで、『第141回 全国大学国語教育学会2021年秋季大会』において紙面発表を行った。藤原が1930~40年代にかけ、どのような国語教育論を展開していたのか考察したもので、方言の視点を生かした国語教育理論の可能性を追求したものである。 また、1回目の発表を基に、同タイトルで『国語学研究』61 (東北大学国語学研究刊行会、2022年3月発行、現在印刷中)に、論文としてまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度は、2020年度から続く新型コロナウイルス感染症の影響があり、人の移動の制限が大きかった。しかし、そのような制限された環境の中でも、オンラインによる学会発表を行うことが一般的となり、それを利用し、2回の学会発表を行い、一定の研究成果を上げることができたと考えられる。 その中でも、戦後の文学教育と関連させながら、民間教育運動に携わった日本語研究者である奥田靖雄の理論を研究したことで、戦後の国語教育の一端を明らかにすることができた。昭和期の国語教育の実践家・理論家が、自分の考えを普及させるために多様な意見を交わし、時には論争へと発展するという、当時の教育に対する熱気の強さを垣間見ることもできた。また、ソビエト言語学やマルクス主義的な思想の影響力の大きさも、あらためて考察することができたといえる。学習指導要領など、国の国語教育の方針には批判的立場を示しながら、他の教育者へも痛烈な批判をするなど、自身の所属する団体を第一に考えて行動した点は、当時の左翼的研究者の特徴を体現した部分も見受けられ、奥田を通して、戦後の教育運動の在り様を見つめ直すことができるともいえよう。 もう一人、研究をした藤原与一は、生涯を通じて方言研究と国語教育研究を両立させてきた研究者であり、本研究のテーマを体現したような人物である。また、広島大学で教鞭をとり、地方人の発想や市井の人々の言語能力の育成・向上を目指し、戦前の頃から、読み書きだけでなく話し言葉の教育にも関心を向けていた。東京的な、中央の視点ではなく、あくまで地方の一般人に視点を置き、全国民の国語能力の向上を、自身の国語教育の目標としたところは、画一的な教育に対するアンチテーゼを示したとも考えられる。 これまでの研究から、国語教育に関し、各日本語学者が独自の主張を展開し、昭和期の国語教育の発展に寄与したことを示すことができたと思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、2022年度までであり、残りの期間は本研究の仕上げの段階となる。そのため、これまでの研究を進展させながら、まだ残っている課題に取り組む予定である。 一つは、すでに取り扱った、藤原与一の理論について、藤原の方言学と国語教育学がどのように繋がるのかを明らかにすることである。藤原は、日本各地の方言を研究対象としながら、標準語の必要性を認め、国語教育において標準語を身に付けることを重要視していた。その考えの背景に、日本の方言を歴史的観点と現代的観点に分けながら、その二つを統合させる、共時高次方言学という構想を抱いていた。この構想は、方言を土台にしながら日本語全体をひとまとまりとして捉えるもので、その先には、標準語のような一つの日本語の普及という未来像を有している。バリエーションを持ちながら、一つの日本語を志向するという藤原の独特な観点により、方言学と国語教育学が、藤原の中では矛盾することなく共存できた。その、藤原の思想の根底を明らかにしたいと考えている。 もう一つは、奥田靖雄が実質的に率いた、言語学研究会や教育科学研究会国語部会の国語教育論を、奥田と行動を共にした他の研究者の考えを通して、更に明らかにすることである。今後は、鈴木重幸という、奥田と並んで言語学研究会を代表する日本語研究者の、特に文法教育に関する考え方を考察する予定である。学校文法のような伝統的文法理論に対し、鈴木は批判的に考え、ソビエト言語学を背景としたマルクス主義的理論に基づいた文法理論を形成していた。そこで、鈴木の学校文法批判の内実を考察し、学校教育とは別の形で昭和期に進展していた国語教育の考え方が、どういった意義を有していたのかを明らかにしたいと考える。 これらの研究を推進し、昭和期に、日本語学的観点からの国語教育理論がどのように進展したかを総合的に考察していきたい。
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Causes of Carryover |
当該年度は、その前年度と同様、新型コロナウイルス感染症の影響が強く残り、各地の会場を利用して実施する予定だった学会の開催が全くなく、ほとんどの学会がオンライン開催となっていたことから、計画段階で考えていた旅費の使用が発生せず、予定よりも支出が大きく減ったことが影響している。 物品費については、小型ノート型パソコンや資料購入に関する支出が生じたが、それ以外には、インクや用紙等、通常の研究で必要となる物品に対する支出の外は目立った費用の発生が無かったために、支出減となった。 使用計画としては、次年度も新型コロナウイルス感染症の影響による学会のオンライン開催が継続することが見込まれている。また、他大学図書館への出張や対面形式での研究発表についても、抑制せざるを得ない状況が見込まれている。そのため、基本的には通常時に使用する物品の購入が主な支出となる予定である。
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