2020 Fiscal Year Research-status Report
温度可変型STPによる実空間電位分布観察を通じた量子電気伝導現象の微視的解明
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20K05319
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
浜田 雅之 東京大学, 物性研究所, 技術専門職員 (00396920)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 走査トンネルポテンショメトリー |
Outline of Annual Research Achievements |
表面の電気伝導現象は、原子欠陥・吸着原子・分子といった局所的な乱れから影響を受けるが、低温では、電子のコヒーレンス長の増大のため、電子波の局在・閉じ込め効果などの局所構造間の相関が重要となる非局所現象が顕著となり、室温では見られない特異な電子輸送特性が現れると予想される。そこで、それを可視化するために低温でも動作する温度可変型走査トンネルポテンショメトリ(VT-STP)という顕微鏡の開発を目指す。そして、それを用いてナノスケールの空間分解能とマイクロボルトレベルの電位分解能で試料表面の電位分布像を取得し、個々の局所構造やそれらの相関がどのように表面電気伝導特性に影響を与えるかを解明していく。 STP実験のためには表面上の2か所で電気的接触を取ることが必要となる。目指している表面系の1つであるSi清浄表面上に異種原子を吸着し作成される長周期構造を持つ系に対しては、表面作成過程で1200℃程度の高温熱処理が必要なので電気的接触をとることは容易ではない。これまで、そのような高温に耐えられてかつ不活性であるTa電極を表面に作成することで電気的接触をとることに成功しているが、高温処理で電極が破損することがあった。そこで、歩留まりを向上させるには熱処理の温度を下げることが有効であると予想されるので、Ta電極作成前にSi基板に対して犠牲酸化膜を作成し熱処理実験を行った。その結果、以前よりの低い温度で清浄表面を作成することに成功した。 また、Si基板上に作成した金属的な電気伝導特性をもつ清浄表面のSTP測定を行う時には、基板を流れる伝導による表面層への影響を考慮する必要があるが、我々は、そのような系(Si(111)-7x7)について数値計算を行った結果、テラスとステップの電気伝導度の比を取ることによって基板の伝導の影響を軽減でき、その比を用いて定量的な評価が可能であることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
STP実験のために必要なTa電極をSi基板上に作成することには成功していたが、表面作成過程の1200℃程度の高温熱処理の過程で、作成したTa電極が破損することが頻繁に起こった。それを改善するためには、その加熱処理の温度を下げることが必要であるので、その方法として、Si基板表面の自然酸化膜に化学的な処理を施し、犠牲酸化膜を作成することで、なるべく低い温度で酸化膜を除去することを試みた(「清浄表面上の電極作成の方法の改善」)。すると、有機物の汚染を避けながらその化学的な処理を行うのは予想以上に難航し、研究計画に遅延が発生したが、技能の向上によりこれまでよりも100℃程度低い温度で酸化膜を除去し、清浄表面(Si(111)-7x7)を得ることに成功した。次は、この基板に対して汚染させずにTa電極を作成したい。また、低温下の実験を行う前段階として、室温での予備実験を行うことを目的とした新たな試料ホルダーを作成した。以前我々が作成したホルダーは4つの電極を備え、試料の通電加熱処理とSTP実験の測定用の電極が別々で機能的には優れているが、その分構造が複雑になりトラブルが発生し易い。そのような経緯で、2つの電極を備え試料の加熱・STP実験の電極が共通のタイプの試料ホルダーを試作した。更に、この試料ホルダーを用いて絶縁体上の微細な金属パターンに対してもSTP測定が適用可能かどうか、検討を進めている。一方、STP制御用の回路は、ノイズレベルや電位フィードバックの安定性にやや問題があったので、それらを改善するために、シールドを施したり、積分回路部分の調整・設計の見直し等を進めている。 ちなみに、今年度は、これまで良好に動作していた低温STM装置に度重なる真空漏れ等のトラブルや緊急の大規模修繕を行ったため予定していた温度可変型走査トンネルポテンショメトリ(VT-STP)の開発に遅延が生じてしまった。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度には、「清浄表面上の電極作成の方法の改善」に取り組んだ。Si基板表面に化学的な処理を施して、自然酸化膜上に平坦な酸化膜(犠牲酸化膜)を作成することによって、これまでよりも100℃程度低い温度で清浄表面を作成することに成功した。 次年度以降は、この化学的処理を施したSi基板に対して、有機物等の汚染を避けるような蒸着方法を検討して、Ta電極を作成し低温STP測定を目指す。 また、度重なる装置トラブルや緊急の大規模修繕のため電気的な配線の特性等にかなりの変更が生じてしまった。そのため、開発途中だった温度可変型走査トンネルポテンショメトリ(VT-STP)の設計等の修正を行いなるべく早い時期に稼働させ、このVT-STPで測定を行う。1つ目の課題は「原子吸着による散乱体の導入・弱局在効果の実空間測定」である。先行研究によると、Si(111)-√3×√3-Agの表面にAuなどの異種元素を蒸着すると、それぞれの吸着原子で電子が弾性的に散乱され、お互い逆向きに運動する電子が干渉して局在する弱局在効果が生じ、電気伝導が低下すると推測されている。磁場下では、それによる位相差が追加され、干渉効果が低下すると考えられるので、様々な温度・磁場下でSTP測定を行い、その電位像の差から弱局在効果(非局所電気伝導特性)の直接的証拠を得ることを目標とする。2つ目の課題は「原子マニピュレーションによって作成されたポテンシャル障壁・散乱体構造の測定」である。前述の表面上で、STMによる原子マニピュレーションによって、最上層の原子を引き抜くことで、散乱体・ポテンシャル障壁を作成する。そして、それらの個々の散乱体・障壁について、Landauerの理論で予測される双極子的な電気伝導分布の存在の有無を調べる。また、散乱体を複数作成しそれらの相関によって、人為的に弱局在効果を起こせるかどうかも試みる。
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Causes of Carryover |
低温STM装置のトラブル・緊急の大規模修繕による遅延のため予定していた電気回路・真空部品の設計・製作が年度内に完了しなかった。次年度は、それらの回路・部品類の製作費と低温測定を行うのに必要な寒剤(液体ヘリウム・液体窒素)の費用として充てる予定である。
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