2022 Fiscal Year Research-status Report
Infrared emission mechanism of fullerene C60 and its cosmic abundance
Project/Area Number |
20K05438
|
Research Institution | Kindai University |
Principal Investigator |
若林 知成 近畿大学, 理工学部, 教授 (30273428)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
畑中 美穂 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (80616011)
兒玉 健 神奈川工科大学, 公私立大学の部局等, 教授 (20285092)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | フラーレン / ナノカーボン / 赤外発光 / 分子振動 / 振動励起シミュレーション |
Outline of Annual Research Achievements |
惑星状星雲において検出されているフラーレンC60分子の赤外発光スペクトルからその物理的環境を定量的に導き出すための基礎データならびにその解析方法を確立する目的で、実験室においてC60分子の赤外発光スペクトルを測定し、4本の赤外活性振動モードの発光バンドの強度比を試料温度に対してプロットするとともに、振動励起準位の占有数の温度変化についてシミュレーションを実施した。 スペクトル測定では、これまでのC60単体のペレットに換えて、臭化カリウムKBr基板上に真空蒸着したC60薄膜を用いることにした。これにより、発光強度が飽和する問題を解決するとともに、倍音や結合音によるスペクトル解析に対する複雑さを回避することに成功した。また、赤外分光光度計FTIRの検出器DTGSを摂氏5度まで冷却することにより、室温でも赤外発光の感度を確保できたことから、より広い温度範囲で強度変化の測定が可能になった。さらに、KBr基板のみのスペクトルを測定することにより、温度変化に際してのバックグラウンド発光の変化の影響を除去することに目処がつき、従来のグラファイトを擬似黒体とする赤外強度の校正がより効果的に機能するようになった。 赤外発光強度のシミュレーションについては、実験的に赤外発光が観測されている室温から摂氏120度までの温度範囲で振動励起状態の熱平衡分布を調べる必要があるが、その温度では倍音や結合音の状態が主要な占有状態と予想されることから、まず、C60分子の基準振動数とその縮重度を計算し、それらの組合せから生じる振動励起状態を数えあげるプログラムを作成し、振動4量子励起までの2千万余りの準位について励起エネルギーと縮重度を得た。現在、そのデータを用いてさまざまな温度における占有数分布の違いをシミュレーションし、赤外発光強度の温度変化を計算している。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
C60薄膜を用いた赤外発光スペクトルの測定は予想以上に進展した。検出器を冷却することで測定可能な温度範囲が広がったことは効果的であったが、メーカー保証がないため、今後どこまで温度を下げられるかを見極めながら実験を進める必要がある。シミュレーションのためのプログラムは主要部分の構成ができあがったので、より高温領域まで対応するために、5量子励起以上の振動励起状態への拡張を予定している。 量子カスケードレーザーを用いたC60分子の赤外吸収線T1u(3)の励起実験にも着手した。他の振動モードの発光強度変化を期待したが、発振周波数が吸収ピークからわずかにずれていたことに加えて出力を増加させるとマルチモードとなり、レーザーの構造的要因で赤外線ビームの拡がりが大きく、期待された効果を確認できていない。適切な集光系を追加するなどの措置を検討中である。 フラーレンC60分子をはじめとするナノカーボンの宇宙空間における役割に焦点が集まっており、2022年5月に欧州機構EUが出資する国際共同研究プロジェクトCOSTアクションCA21126"Nanocarbon in Space"が採択された。2023年2月にスロベニアの首都リュブリャナで開催された第1回研究会に参加し、赤外天文衛星による観測を行っている研究者らと議論することができたことは有意義であった。
|
Strategy for Future Research Activity |
C60薄膜の赤外発光スペクトルの測定についてこれまでに得られた成果をとりまとめる。さらに、測定可能な温度範囲を広げるための工夫を重ねるとともに、他のフラーレン分子C70やC84についても同様の実験を計画する。計算によるシミュレーションと実験データの整合性を確認しながら、振動温度と赤外発光線の強度比の関係を詳細に明らかにする。これにより、スペクトル強度の比からC60分子の振動温度を評価できるようにしたい。惑星状星雲におけるC60分子は紫外線を吸収してそのエネルギーを赤外放射に転換しているとみられている。現在実施中の実験方法の延長上に、その発光メカニズムを再現する新たな実験の可能性を検討したい。また、量子カスケードレーザーを用いた赤外励起実験では、反転分布と誘導放出による赤外発光強度の増強を観測することを目指す。2010年にC60とC70が惑星状星雲に発見されて久しいが、その物理的環境や存在量についてはより定量的な研究が求められる。
|
Causes of Carryover |
水素内包フラーレンH@C60の生成実験の準備が分担者の異動等の影響で遅れている。最終年度にあたり、代表者の研究室で共同実験を計画するなど、改善を期したい。代表者の研究室には窒素内包フラーレンN@C60の生成実験で実績のあるイオン照射装置があり、これを水素に転換することでH@C60を生成できる可能性がある。検出には電子スピン共鳴装置ESRが有効であるが、代表者の大学キャンパス共同利用センターにおいて代表者が管理者を務めるESR装置を利用可能である。分担者の研究室はスペースにそれほど余裕はないが、分子シミュレーション用のPCを購入してフラーレンC60の物性を理論的に研究することができる。最終年度にあたり、C60分子ならびに原始内包フラーレンおよびそれらのイオンについて赤外スペクトルをシミュレーションを先行させる目的で、分子軌道計算プログラムの使用環境を整備する。これにより、観測されている赤外発光スペクトルの強度異常について検討することが可能になる。
|