2020 Fiscal Year Research-status Report
異なる水温環境におけるサケの産卵および降海生態に関する比較研究
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20K06202
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
青山 潤 東京大学, 大気海洋研究所, 教授 (30343099)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | サケ / 繁殖生態 / 河川環境 / 三陸 |
Outline of Annual Research Achievements |
サケマス類の中で進化的に最も進んだ生活史を持つサケ(Oncorhynchus keta)は、淡水域への依存度が低く、生涯のほとんどを海で過ごす。加えて、産卵遡上した親魚の多くが人工ふ化放流事業により捕獲されるため、これまで我が国の河川においてサケが顧みられることはなかった。そこで本研究は、三陸沿岸の河川をフィールドとし、(1) 産卵床調査および稚魚調査を通じ、サケの産卵・降海生態を明らかにする。(2)放流魚と野生魚の降海行動の差異を明らかにする。(3)水温環境の異なる河川の比較を通じ、(1)および(2)に対する水温の影響を明らかにすることを目的とした。このうち本年度は、岩手県大槌町の小鎚川と釜石市の鵜住居川の産卵床形成環境の差異および稚魚の降海生態を明らかにする研究を展開している。これまでに、サケの産卵床形成にかかる環境選択について一定の知見が得られている。すなわち、地下水の湧昇が少ない鵜住居川は、サケの産卵期間にあたる10月-1月の下流部の水温が1.0~14.0℃であるのに対し、湧水の影響を強く受ける小鎚川は4.6~15.8℃と高いことがわかった。さらに、産卵期間中の踏査を通じて両河川におけるサケの産卵床の分布を調べたところ、鵜住居川では一定程度の高水温が得られる湧水付近に集中するのに対し、小鎚川では溶存酸素量の少ない湧水付近を避けていることが明らかになった。このことは、サケの産卵床場所選択において、湧水の有無は適切な水温環境を得るための二次的な環境要因であることが示された。概ね5月まで続く稚魚の降海生態については、定期的なサンプリングを継続しているところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度の調査は岩手県大槌湾に注ぐ小鎚川と鵜住居川で実施した。まずは、サケ産卵床形成場所にかかる環境特性を広く理解するため、産卵盛期にあたる12月に河口から約1-4kmの範囲を10区間に分け、各区間内に設定した10測点において河床下20cmの水温を測定した。また、サケ産卵期間中(10~12月)に各旬1回の踏査を実施し、調査区間における産卵床の位置と数をすべて記録した。続いて産卵床形成場所の環境特性を詳細に明らかにするため、産卵のピークと推定された12月下旬に、最も多く産卵床が確認された区間において、産卵床(小鎚川18点、鵜住居川10点)とそこから数m程度離れた非産卵場所 (小鎚川12点、鵜住居川10点)の河床内水温、溶存酸素濃度 (DO)、電気伝導度 (EC)を測定した。以上の結果、調査区間全域の河床内水温は、小鎚川で4.6~15.8℃、鵜住居川では1.0~14.0℃だった。また、踏査期間中に小鎚川で計192床、鵜住居川で計360床が確認された産卵床のほとんどは、河床内水温の中央値が8℃以上の区間に集中することが分かった。さらに、産卵床と非産卵場所の水温、DO、ECを比較したところ、鵜住居川では産卵床(10.5℃、7.6 mg/L、91.5 μS/cm)と非産卵場所(8.5℃、7.4 mg/L、92.1 μS/cm)に有意な差が認められなかったのに対し、小鎚川ではそれぞれ産卵床が10.0℃、8.0 mg/L、81.9μS/cm、非産卵場所が10.7℃、5.2 mg/L、132.3 μS/cmであり、産卵床内はDOが高く、ECが低いことが明らかになった。このことは、小鎚川の産卵床が、周囲に比べて地下水の湧昇が弱い場所に形成されていることを示唆している。すなわち、サケの産卵床形成において、卵の成育に適した水温が確保できる場合、多量の地下水による貧酸素条件が忌避されると考えられた。
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Strategy for Future Research Activity |
現在実施している降海稚魚の定期的なサンプリングを、シーズンが終了する5月下旬頃まで継続し、水温環境の異なる河川における稚魚の降海回遊生態を比較する。また、5-6月にかけてサーフゾーンネットおよび船舶を用いた2艘引き網などにより、大槌湾内に滞留するサケ稚魚の採集を行うべく準備を進めている。シーズン終了後は、得られたすべてデータを取りまとめ、鵜住居川と小鎚川におけるサケの産卵時期、産卵床の数および分布、稚魚の降海時期および量などと河川環境との関連について調べる。来シーズンは、踏査による自然産卵床の計数、降海稚魚のサンプリング調査など基礎情報の収集に加え、発眼卵埋設によるふ化率・仔魚の生残率の比較を実施する。なお、本研究で計画している自然産卵に由来する野生魚と人工ふ化放流魚の識別法の開発および標識-再捕による両者の降海生態の比較については、来シーズンのサケ回帰量および新型コロナウィルスの感染拡大状況を見極め、進めていかざるを得ないと考えている。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの感染拡大により本研究に参加していた大学院生の野外調査が制限されたこと、さらにこの大学院生が経済的理由により休学を余儀なくされたことが大きい。このため、当初は3河川での実施を予定していた本研究は対象を2河川に減らして実施している。こうした新型コロナウィルスの感染拡大に加え、三陸沿岸におけるサケ回帰尾数の歴史的な減少により、各地のふ化場は計画生産量の達成に四苦八苦しており、研究協力を得難い状況であることの大きなネックとなっている。当面、これらの課題は緊急事態と位置づけ、来シーズンには多少なりとも改善すると想定しているが、今後の新型コロナウィルス感染症やサケ回帰尾数の動向次第では、当初計画をよりコンパクトにまとめる必要があると考えている。
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Research Products
(2 results)