2020 Fiscal Year Research-status Report
中性子単結晶構造解析よるノイラミニダーゼの強い水素結合の観測と反応機構解明
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20K06572
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Research Institution | Ibaraki University |
Principal Investigator |
山田 太郎 茨城大学, フロンティア応用原子科学研究センター, 産学官連携准教授 (40455910)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 中性子結晶構造解析 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では酵素反応に関わる重要な部分(活性部位)の構造がインフルエンザウイルス由来ノイラミニダーゼと類似しているネズミチフス菌由来のノイラミニダーゼについて中性子を用いた結晶構造解析を行うことにより、活性部位を構成するアミノ酸残基の水素イオンの有無(プロトン化状態)を可視化して、反応機構や薬剤の結合状態を明らかにすることを目的としている。2020年度にまず薬剤が結合していない状態のノイラミニダーゼについて中性子結晶構造解析を行うことにした。中性子結晶構造解析を行うためには、通常、体積が1 立法mm以上の単結晶が必要である。これを得るために酵素の生産と精製を行った。大型結晶化を自作の結晶観察装置を使用して行い、体積が約2 立法mmの単結晶を得ることに成功した。強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置されている茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)を用いて、この結晶試料に中性子を照射して、生じる中性子回折データを取得した。また、高エネルギ加速器研究機構のフォトンファクトリーの構造生物ビームラインを用いてX線回折データを取得した。この二つのデータを同時使用した結晶構造解析を実施したところ、中性子回折データを元にノイラミニダーゼ中の水素原子の多くを可視化することに成功した。提唱されている反応機構やX線結晶構造解析結果より強い相互作用が存在すると予想していたグルタミン酸残基側鎖とチロシン残基側鎖の酸素原子間の水素結合距離は1.6 Åと短かいものの、通常の水素結合であることが判明した。現段階ではグルタミン酸がチロシンの水酸基のプロトンを引き抜くという証拠は得られなかった。今後は反応時の中間状態を模した阻害剤薬剤複合体の中性子結晶構造解析を実施して、両者の構造の比較を行うことにより反応機構の推定を行う予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ネズミチフス菌由来ノイラミニダーゼの調製と大型結晶化を順調に行うことができた。大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置されている茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)を用いて単結晶中性子回折実験を行った。自作プログラムによるデータ処理の結果、分解能1.5 Åと水素原子の位置を容易に決定できる良好なデータを取得することができた。データ処理においては等価反射の回折強度を利用して中性子波長、34台の検出器感度、結晶方位に関してスケーリングを実施し、さらに経験的な吸収補正を行ったがデータ品質にはそれほど影響しないことがわかった。その後、X線回折実験を高エネルギー加速器研究機構(KEK)のフォトンファクトリーBL-17Aで実施した。分解能1.0 ÅのX線回折データを取得することができた。X線結晶構造解析の結果、活性部位に結晶化に用いた化合物(マロン酸およびHEPES)が結合していることが判明した。計画ではフリー状態の中性子・X線結晶構造解析を実施する予定であったが、これらの結合は観測したい活性部位のアミノ酸残基のプロトン化状態には影響しないと考え構造解析を継続した。得られた中性子回折データとX線回折データを併用した結晶構造解析を実施したところ、開始直後からタンパク質およびその周囲の水分子の水素原子が良好に観測された。これらの水素原子を順次追加して、構造精密化を繰り返すことで最終構造が得られた。以前のX線結晶構造解析の結果から活性部位に存在するグルタミン酸ーチロシン間で強い水素結合が存在することが期待されたが、プロトンはチロシンの水酸基側に観測され通常の水素結合であることが確認された。プロトンを基質に供与すると考えられているアスパラギン酸残基側鎖には非常に弱いプロトン化状態が示唆される結果が得られた。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は酵素反応の中間状態を模した阻害剤薬剤DANAとノイラミニダーゼ複合体の中性子結晶構造解析を実施する予定である。複合体の結晶はフリー状態の結晶を阻害剤を含む溶液に浸透することで作成できることを他のグループがX線結晶構造解析により報告しており、実際にそれを再現することができた。そのため、中性子回折実験用に2020年度と同様の方法で大きな結晶を作成したのち浸透法により阻害剤を導入する予定である。2020年度に実施したマロン酸複合体の中性子回折実験では結晶を凍結して行ったが、構造解析の結果、タンパク質の主鎖などに乱れが存在しているために電子密度図と中性子散乱長密度図にかなり大きなピークが残存してしまった。これは大きな結晶を低温窒素気流化で凍結した際に均一に冷凍することができなかったからではないかと考えている。このため阻害剤複合体については中性子回折実験とX線回折実験を室温で実施する予定である。また今回の中性子構造解析結果では意図していなかったpH緩衝剤のHEPESが含まれていた。今後、阻害剤を含む場合とマロン酸複合体の構造比較を行う際に、このHEPESの存在が問題になる可能性がある。このためHEPESを含まないマロン酸複合体の中性子回折実験も実施する必要がある。この二つの状態の中性子結晶構造解析よりえられる活性部位のプロトン化状態やグルタミン酸ーチロシン間の水素結合の水素位置の比較を行うことにより、酵素反応におけるチロシン残基の役割を明にする予定である。
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Causes of Carryover |
申請時に参加を予定していた国際結晶学連合(IUCr)総会(プラハ・チェコスロバキア)がCOVID-19のために2021年に延期となった。また国内学会や会合もすべてオンライン開催となったため旅費を使用しなかった。今後COVID-19の状況が改善された時期をみてアメリカ結晶学会年会などの海外学会で成果発表を行う予定である。また2020年度に新しい計算機を購入する予定であったが、OSの入れ替え等により手持ちの計算機の不調が改善したため中性子結晶構造解析を実施することができた。計算機については今年度最新式のものに更新する予定である。
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