適応進化の駆動因は何か：集団内変異による迅速な環境適応の原理を探る

2020 Fiscal Year Research-status Report

• Project/Area Number: 20K06815
• Research Institution: Fukuoka Women's University
• Principal Investigator: 高橋 亮 福岡女子大学, 国際文理学部, 学術研究員 (50342811)
• Project Period (FY): 2020-04-01 – 2023-03-31
• Keywords: 多遺伝子選択 / 大自由度系シミュレーション / 連鎖不平衡

Outline of Annual Research Achievements

複数の遺伝子に同時に作用する自然選択 polygenic selection による迅速な形質進化のメカニズムを明らかにするため，計算解析の軸となるシミュレーションモデルの開発と解析を進める．研究の初年度は，遺伝子座数に制限を加えない大自由度系シミュレーションモデルを定式化し，遺伝子座毎に独立した頻度変化を仮定する連鎖平衡モデル（a）と遺伝子座間の連鎖平衡を仮定せずに連鎖領域全体の頻度変化を追うハプロタイプベースモデル（b）の比較解析から，連鎖平衡を仮定する近似の有効性を吟味した．
（a）連鎖平衡モデル：自然選択が作用する遺伝子座間の連鎖が（自然選択の強さに比べて）相対的に緩い場合，組換えの効果によって遺伝子座間には連鎖平衡が近似的に保たれる．このとき，対立遺伝子の相対頻度は遺伝子座毎にほぼ独立に変化すると仮定でき，解析の簡略化と効率化が望める．連鎖平衡を仮定するシミュレーションモデルの開発と予備的な解析を進め，現有の計算解析環境の下でシミュレーション可能なパラメータ領域，特に集団サイズと多型的な遺伝子座数をどれだけ現実的な値に近付けることができるかを検討した．
（b）ハプロタイプベースモデル：連鎖平衡を仮定する近似モデルの有効性を評価するため，遺伝子座間の連鎖関係（ハプロタイプ構造）を明示的に組み込んだシミュレーションモデルの解析を並行して進めた．遺伝子座間の平均的な組換え率を指標に，解析領域を，1）組換え率が高く，モデル（a）に基づく近似計算が高精度に成立する領域，2）組換えが極端に制限され，ハプロタイプ全体がまとまりを維持しながら進化する領域，3）領域 1 と 2 に挟まれる中間域の三領域に分割し，領域 1 についてはモデル（a）との比較検討から近似解析の計算効率と精度を評価し，領域 2 と 3 については代替となる近似解析の可能性を探った．

Current Status of Research Progress

3: Progress in research has been slightly delayed.

Reason

半導体部品の世界的な供給不足の煽りを受けて計算解析環境の整備に遅れが生じ，シミュレーション解析は予備的なものに留まった．多遺伝子システムの進化を記述するシミュレーションモデルの開発は順調に進み，現有資産を用いた試算を基に，研究期間内に到達可能な解析の規模と目標を定めた．1e4 ~ 1e5 の二倍体個体からなる有性生殖集団中で多型的に維持される 1e3 ~ 1e4 の遺伝子座における対立遺伝子の頻度動態をシミュレートするには，特に大容量システムメモリを備える計算設備の新規導入が必須であり，当初の研究計画の実現に向けて必要となるマシンスペックを検討した．

Strategy for Future Research Activity

計算効率の点で有利な連鎖平衡モデルに焦点を定め，高い組換え率を仮定する近似モデルの解析を研究の主軸に据える．これを補完するために連鎖平衡を仮定しないハプロタイプベースの解析を並行して進め，連鎖平衡モデルの有効性と限界を明らかにする．シミュレーションモデルに関する基礎的な理解を深めるため，解析の第一歩は非常に単純化された状況（雌雄同体，任意交配，平衡集団，不変環境，等々）を想定し，解析結果を基に以後のモデル拡張の方途を探る．この際，多遺伝子適応に関する実践研究からの知見を適切に参照し，近似計算の仮定やパラメータ値の妥当性を評価する．

Causes of Carryover

理由は大きく二つ：（一）感染症蔓延による出張の取り止め；（二）半導体部品の世界的な供給不足による計算解析システムの導入の遅れ．
理由（一）については，コロナ禍に伴う活動の制限が緩和される見込みが立たないことから，今後も研究打ち合わせ旅費としての使用は困難であると予想される．代わりに通信機器を介した研究打ち合わせを実施し，これに必要な機器類を購入する．
理由（二）については，半導体製品の供給は徐々に元通りに戻りつつあるとの報道もあり，状況は大きく改善されると期待できる．解析環境の早急な整備のために前年度からの繰越分を充当すると共に，解析の進展に合わせて計算設備の更なる拡充を図る．