2020 Fiscal Year Research-status Report
Physiological roles of serotonin as a biological reductant
Project/Area Number |
20K06989
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Research Institution | International University of Health and Welfare |
Principal Investigator |
三浦 隆史 国際医療福祉大学, 薬学部, 教授 (30222318)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | セロトニン / 銅輸送 / 酸化還元 / 酸化ストレス |
Outline of Annual Research Achievements |
セロトニンは、その前駆体であるトリプトファンと比べて極めて酸化されやすい物質である。酸化ストレスの発生源となる危険性の高い物質を、敢えて脳内で、神経伝達物質として利用するのには理由があると思われるが、合理的な説明はされていなかった。最近、研究代表者らは、細胞が銅を取り込む際に必須となる2価銅[Cu(II)]の還元をセロトニンが担う可能性を見出した。銅は細胞の生命活動に必須の元素であるが、細胞内の還元的環境のため、細胞外にCu(II)として存在する銅をそのまま取り込むことができない。銅の細胞内取り込みを担うイオンチャネル copper transporter 1 (Ctr1)は、N末端細胞外領域にメチオニン残基に富む配列(Met-rich領域)を持ち、この領域がCu(I)選択的に銅を捕捉して、細胞内へ輸送する。このため、銅の細胞内輸送に先立ち、細胞外のCu(II)はCu(I)に還元される必要があるが、ヒトを含む哺乳類の場合、長年の探索にもかかわらず還元酵素が見つかっていなかった。 研究代表者らの最新の研究は、セロトニンによるCu(II)還元がCtr1のMet-rich領域により活性化されることを示した。この結果は、セロトニンが細胞外での酸化ストレスの発生を回避し、銅輸送に特化した還元を行い得ることを示唆する。 本研究では、銅還元物質としてのセロトニンに着目し、その生理的役割、および神経変性疾患との関わりを明らかにし、脳内に存在する既知物質の未知の役割に光を当てる。研究成果は、銅の恒常性、脳内酸化ストレス防御系、さらには酸化ストレスに起因する多くの疾患の発症メカニズムを解明する上での重要な基礎となるため、本研究の新規治療薬開発に対する影響は極めて大きいと期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
銅の輸送は細胞外でCu(II)、細胞内でCu(I)として行われるため、Ctr1による銅の細胞内取り込みは他のイオン輸送と比べて複雑であり、メカニズムの解明が遅れていた。Ctr1のアミノ末端細胞外ドメインには、Cu(II)結合部位であるHis-rich領域(H1, H2)とCu(I)結合部位であるMet-rich領域(M1, M2)が存在する。2020年度は、Ctr1のMet rich モチーフの機能メカニズムの解明を目的として、セロトニンと銅の酸化還元反応に対するアミノ酸配列改変の影響を調べた。 セロトニンとCu(II)の間の酸化還元はゆっくりと進行するが、Ctr1のM1領域に相当するペプチド(MGMSYMD)により顕著に促進され、セロトニンの酸化生成物である5,5’-dihydroxy-4,4’-bitryptamine (DHBT)が速やかに生成された。M1ペプチドのセロトニン-銅酸化還元促進能に対するアミノ酸配列改変の影響を調べたところ、次の結果が得られた。(1) 3個のMet残基を全てAlaに置き換えると酸化還元促進能は消失した。(2) Metを1残基のみAlaに置き換えた場合、何れのMetを置き換えても酸化還元促進能は大きく低下したが、N末端のMetを変異させた際の影響が最も小さかった。以上の結果から、Ctr1に保存されている連続するMxMおよびMxxM配列はセロトニン-銅酸化還元促進に重要であり、その中で特にMxxM配列のMetによるCu(I)へのキレート配位は中心的役割を持つと予想された。また、酸化還元促進の原因がMetのチオエーテルによる銅の酸化還元電位上昇にあることを、サイクリックボルタンメトリーにより確認することができた。 上記の成果が得られたため、本研究は当初の予定通りに進行していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
セロトニンはシナプス周辺に限らず脳の広範囲に分泌され、細胞外のCu(II)とも共存する。2020年度までの研究により、Ctr1はセロトニンによる細胞外Cu(II)の還元を促進することで銅の細胞内取り込みを行っている可能性が示されたが、セロトニンやドパミンによるCu(II)還元を促進する物質は他にも存在する可能性がある。本研究により見出された重要な知見は、Cu(I)に対する安定化能を持つ生体物質、即ち銅の酸化還元電位を上昇させる生体物質は、セロトニンによるCu(II)還元を促進する可能性を有することである。このことは、単独では酸化還元不活性であるにも関わらずセロトニンによるCu(II)還元を促進する能力を持つ「隠れた銅還元タンパク質」が脳内に存在することを示唆する。2021年度は、これらのタンパク質の未知の役割を解明するための研究を実施する。 そのようなタンパク質の候補として、本研究では、まずアルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβペプチド(Aβ)に注目する。アルツハイマー病による神経細胞障害の原因は明らかでないが、Aβの凝集物と銅の複合体を起源とする酸化ストレスはひとつの有力な候補である。本研究では、会合状態の異なるAβが、セロトニンによるCu(II)還元を促進する能力を比較する。Aβの線維形成の追跡は、コンゴーレッドの可視吸収がアミロイド線維との結合で長波長シフトすることを利用して行う。また、セロトニンとCu(II)の間の酸化還元に対するAβの作用は、セロトニンの酸化物であるDHBTの生成量をHPLCで定量することにより評価する。得られた結果を基に、セロトニンが銅還元作用を有することの負の側面として、神経変性における細胞障害と関わる可能性を検証する。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染拡大のため2020年4月から7月にかけて研究の実施ペースを落とさざるを得ない時期があったこと、および学会がオンラインとなり、交通費を使用しなかったことにより次年度使用額が生じた。研究の進捗度合いへの影響は軽微であったが、2020年度に実施できなかった実験は2021年度に行う予定で、前年度の未使用額分はペプチドの購入等に充てられる。
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