2020 Fiscal Year Research-status Report
新規接着斑構成因子 FAP1 依存的ながん転移メカニズムの解明
Project/Area Number |
20K07564
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Research Institution | Tokyo Medical and Dental University |
Principal Investigator |
辻岡 政経 東京医科歯科大学, 難治疾患研究所, プロジェクト講師 (60442985)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | FAP1 / 接着斑 / Nrf2 / DNA損傷ストレス / がん |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の解析対象である新規の接着斑構成因子FAP1については、本申請以前に、以下のことが明らかになっていた。すなわち、(1)多数のがん培養細胞株において、低酸素ストレスにより発現が誘導され、マウスに移植した際の腫瘍塊においても発現が検出される、(2)FAP1を欠損したがん細胞株では、マウスへの移植によるがん転移が抑制される、である。本研究の目的は、FAP1の機能と発現制御機構を明らかにすることにより、がんの悪性化と転移の新たなメカニズムを解明し、このメカニズムを標的とした抗がん剤を開発することである。 当該年度の研究により、FAP1は、DNA損傷ストレスによって、低酸素ストレスの場合より更に強く発現が誘導されることを見出した。また、FAP1欠損細胞にDNA損傷ストレスを加えると、正常細胞よりも容易に基質から剥がれた。生体内の腫瘍塊中では、細胞にDNA損傷ストレスがかかることが既にいくつかの先行論文で示されている。本研究においても、マウスに移植した腫瘍塊において、DNA損傷マーカーの発現が検出された。これらの結果から、生体内の腫瘍塊中では、DNA損傷ストレスによってFAP1の発現が誘導され、これによって、DNAストレス下での接着が維持され、腫瘍塊の成長・がん転移の促進に寄与しているのではないかと予想している。 次に、FAP1遺伝子の発現制御機構を明らかにするため、この遺伝子の上流配列において、制御に関与する可能性のある配列を探索した。このうち、NF-E2と呼ばれる転写因子の結合配列に類似した領域に、NF-E2の構成因子であるNrf2が、DNA損傷ストレス依存的に結合することを見出した。また、Nrf2の阻害剤をDNA損傷ストレスと同時に加えると、FAP1の発現は抑制された。したがって、Nrf2がDNA損傷ストレスの際のFAP1発現を誘導する因子の一つであることが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、がんの悪性化と転移の新たなメカニズムを解明するために、FAP1の機能と発現制御機構を明らかにすることを目標の一つとしている。当該年度は、DNA損傷ストレスによりFAP1が強く発現誘導され、接着斑に局在すること、これがストレス下での細胞接着の維持に必要であること、を新たに見出した。がん組織中での細胞もDNA損傷ストレスを受けていることは既にいくつかの報告があり、申請者自身でも、がん組織中でのDNA損傷マーカーの発現を確認した。また、がんの浸潤・転移には、がん細胞の基質への接着性が重要であることも既に多くの先行研究で報告されている。これらのことから、がん組織中でのDNA損傷ストレスがFAP1の発現を誘導し、ストレス下での接着を維持することによって、がんの悪性化を促進するのではなかという仮説を立てることができ、今後のさらなる研究の指標となる成果が得られた。 FAP1の発現制御機構についても、NF-E2転写因子複合体の構成因子であるNrf2が、DNA損傷ストレスによる発現誘導の際の重要な因子であることを明らかにした。本研究では、FAP1によるがん進行メカニズムを標的とした抗がん剤の開発も目的の一つとしており、Nrf2の阻害剤によって、DNA損傷ストレスの際のFAP1の発現が抑制されることも確認しているため、Nrf2の阻害剤を有力な抗がん剤候補として考えている。 さらに、FAP1欠損マウスの作製も完了しており、FAP1の生理的な機能をさらに調べるための重要なツールになると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
当該年度は、FAP1が発現し、接着斑の構成因子となると、DNA損傷ストレス下で細胞接着を維持する作用があることを明らかにした。そこで今後は、FAP1の有無により、接着斑の機能・特性がどのように変わるかを明らかにしていく。具体的には、FAP1を人為的に発現させた細胞とその親株を用い、接着の強さ、細胞運動、接着斑の下流シグナル、接着斑の寿命、turnover rate、構成因子の違いを比較する。いずれも、既に確立された実験手法で解析できるので、技術的な困難は無いと考えている。 また、がんの進行におけるFAP1の機能と発現制御機構についてさらに検討するため、マウスに移植したがん組織中での、FAP1とDNA損傷マーカー発現の時空間的な発現パターンを解析する。さらに、原発巣と転移組織のヒトがん検体も用いてFAP1の発現を比較し、ヒトにおけるFAP1とがん進行の関係を検討する。次に、FAP1の関与するがん進行メカニズムを標的とした抗がん剤を開発するため、DNA損傷ストレス下でFAP1の発現を抑制する化合物を、既に所有している約2万種の低分子化合物ライブラリーからスクリーニングする。複数種類の転移性がん細胞を移植したマウスに、得られた化合物を投与し、がん転移の改善効果を評価する。既に発現抑制効果を確認したNrf2阻害剤においても同様の実験を行う。さらに、当該ヒット化合物に対する類似化合物を多数合成し、構造活性相関情報を得た上で、抗がん転移活性の高い化合物を開発し、創薬候補化合物とする。 FAP1欠損マウスについては、既に表現型の解析を開始しており、通常の飼育環境においては、明らかな表現型は示されていない。そこで、今年度の結果を鑑み、FAP1欠損マウスに、X線照射によるDNA損傷ストレスを与えた後に、各組織・器官を解析する予定である。
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Causes of Carryover |
当該年度は、国の緊急事態宣言の影響により、4月から6月前半までの約2.5ヶ月の間、大学から90%研究削減の指示が出た。この期間、研究活動は、細胞株やマウスを最低限維持することのみに制限されたため、新たな実験のための支出がほぼ無かった。また、大部分のマウスは、大学からの指示により、凍結卵としての保存を余儀なくされ、これらの飼育費もかからなかった。 繰り越した費用は、緊急事態宣言の期間分だけ遅れた計画を補完し、研究計画通りのマウス実験を行う環境を整えるための費用にあてる。尚、研究に遅滞が生じている部分は、既にほぼ明らかにしたことをさらに確認するための実験等であり、全体の研究進捗自体は概ね順調であると考えている。
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