2021 Fiscal Year Research-status Report
ピロリドン(NVP)固定cadaverを用いた声帯の運動生理学研究モデルの確立
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20K09737
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Research Institution | Kyorin University |
Principal Investigator |
齋藤 康一郎 杏林大学, 医学部, 教授 (40296679)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 喉頭 / 音声 / 声帯振動 / cadaver / 吹鳴実験 / 運動生理学 / 音声外科 / シミュレーション |
Outline of Annual Research Achievements |
1-2年目合計で、N-vinyl-2-pirrolidone(NVP)固定されたcadaver 6献体ならびに、コントロールとして従来の固定法であるホルマリン固定されたcadaver 4献体からの摘出喉頭を用いた音声産生実験(吹鳴実験)を行った。 1年目に設定した実験系で、胸声発声条件(CV条件)と裏声発声条件(FV条件)での発声生理実験(吹鳴実験)を行った。NVP固定cadaverを用いた吹鳴実験では、いずれの条件でも、前者に比して後者では高い喉頭原音を産生することが可能であった一方、ホルマリン固定cadaverを用いた実験系では喉頭原音は産生されず、声帯振動も認めなかった。以下NVP固定cadaverを用いた吹鳴実験結果について述べる。 高速度デジタルカメラを用いて声帯振動の様子を撮影した画像(HSDI)の解析を行った結果、CV条件とFV条件では振動様式が異なり、いずれも生体の胸声と裏声における声帯振動様式に酷似していた。さらにHSDI画像から作成したキモグラムを検討した結果、喉頭原音を産生している声帯が、生体同様に三次元的にしなやかに、声帯振動に特徴的な粘膜波動を伴う振動を繰り返す様子を可視化することができた。2条件それぞれでの声帯の振幅に加え、CV条件とFV条件を比較した際の声帯の伸展率を計測した結果、いずれも生体に酷似した値であった。 さらに、産生された喉頭原音の音響分析を行った結果、CV条件、FV条件のいずれの周波数(F0)も生体の胸声や裏声のF0と同等であった。また、1献体ではあるが、6ヶ月後の検証でも吹鳴実験が可能で、測定した複数のパラメータは初回の検討と同等で、本研究モデルにおける実験の再現性が示唆された。 これらの結果は、英文の原著論文として発表したが、その他、今後の研究や臨床の基礎データとして有用となる輪状甲状靱帯や声帯長についても検討し、論文発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
NVP固定6献体(男性, n=3; 女性, n=3)と、ホルマリン固定4献体(男性, n=3; 女性, n=1)からの摘出喉頭を吹鳴実験に用いた。気管側から声門への送気量は、男性12 L/min、女性8.0 L/minとした。HSDI画像から作成したキモグラムで声帯の振動様式を検討し、声門開大時(max)と閉鎖時(min)の声帯位置をもとに、声帯膜様部長(MVFL)で標準化した声帯振動の振幅(NA=(min-max)/MVFL)を測定した。さらに、CV条件(CVL)とFV条件(FVL)での声帯膜様部長をもとに、声帯の伸張率((FVL-CVL)/CVL)を計測した。各実験において記録された喉頭原音の音響分析を行い、F0を測定した。初回検討後、NVP固定cadaver摘出喉頭のひとつを5%のNVP液に保存し、6ヶ月後に吹鳴実験を行った。 ホルマリン固定cadaverでは、声帯の振動や伸張、音声産生を認めなかったため、NVP固定cadaverでの結果を示す。画像解析の結果、実験系の声帯は、生体同様に、下唇側から上唇側へ順に外方移動して声門が開大し、続けて下唇側から上唇側へ順に内方移動して声門が閉鎖する三次元的な振動を繰り返すことがわかった。さらに、CV条件とFV条件の声帯振動様式は、それぞれ生体の胸声発声と裏声発声の振動様式に酷似していた。NAの平均値はCV条件で12.5 unit、FV条件で4.4 unitで、前者が有意に高値であった。声帯長の平均値はCV条件で11.6 mm、FV条件で15.2 mmで、伸展率の平均値は32.0 %であった。F0の平均値は、CV条件で177.3 Hz、FV条件で347.9 Hzで、後者が有意に高値であった。さらに6ヶ月後の吹鳴実験では、2条件いずれにおいても初回同様のF0の値が測定された。以上の結果を、Anat Sci Int.誌に発表した。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究では、NVP固定cadaverからの摘出喉頭を用いた吹鳴実験において、1)生体でのマニュアルテスト同様に甲状軟骨翼を内方に圧迫し、生体での発声時の呼気相当量を送気すると、生体における胸声発声に酷似したしなやかな声帯振動と喉頭原音の産生が得られること、そして2)生理的な輪状甲状筋の収縮を模した用手的な輪状軟骨と甲状軟骨の近接により、輪状披裂関節・輪状甲状関節・声帯筋・声帯粘膜といった組織が自在に形態を変え、生体での裏声に酷似した声帯振動と喉頭原音の産生を可能としていることがわかった。今後は、このような声帯振動と喉頭原音の産生を可能としている、NVP固定cadaverの粘弾性維持の背景因子を究明するため、摘出した喉頭組織を用い、HE染色に加え、膠原線維・弾性線維を染色するElastica van Gieson染色を行って組織学的検討を行う。発声という生理現象においては、声帯の粘弾性のみならず軟骨の可動性も重要であることから、声帯の層構造だけではなく、輪状披裂関節や輪状甲状関節に関する検証も加える予定である。 最終的には、音声外科手術のサージカルトレーニングへの応用を目指し、摘出喉頭を用いた手術前後での声帯振動や喉頭原音の違いを検討する。具体的には、臨床的に頻度の高い、甲状軟骨形成術や披裂軟骨内転術、そして声帯内注入術といった術式を想定している。正しい術操作をシミュレーションできることも重要である一方、注入物質を声帯粘膜上皮下に注入するといった代表的なインシデントの影響の検証にも本研究モデルは有用と考えており、検討項目を積極的に増やして研究を推進したい。また、本研究期間には収まらなくとも、実臨床での問題解決のため、将来的には、臨床現場で声の高さを調節する手術に際して問題となる、声帯長や声帯緊張の変化とF0の変化の関係の検証などにも本研究を活かしたいと考えている。
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Research Products
(13 results)