2021 Fiscal Year Research-status Report
急性感音難聴の遺伝子医療に向けた、内耳におけるマスター転写因子の実験研究
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20K09756
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Research Institution | Okayama University |
Principal Investigator |
高原 潤子 岡山大学, 医学部, 技術専門職員 (80448224)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
前田 幸英 岡山大学, 大学病院, 講師 (00423327)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 蝸牛 / 音響外傷 / Stat4 / 次世代シークエンサー / RNA-seq / DNAマイクロアレイ / リアルタイムRT-PCR |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度中までに音響外傷により難聴を呈したマウスの蝸牛組織において、転写因子Stat4(Signal transducer and activator of transcription 4)の発現を検討した。これまでの内耳以外の組織での研究では、Stat4は炎症・免疫機能に関わる遺伝子群の発現を制御する。難聴発症後12時間後のStat4発現は、難聴を発症していない蝸牛にくらべ、次世代シークエンサー(RNA-seq)およびDNAマイクロアレイで0.46倍および0.35倍へ減少していた。より定量性の高いリアルタイムRT-PCRでの実験では、発症12時間後に、Stat4発現量は0.73倍へと減少する傾向を認めた(0.73±0.28 vs 1.01±0.19 Mean±S.D.,n=6, P=0.064 by t-test, P=0.132 by Mann-Whitney U-test)。また免疫染色法では、発症12時間後の蝸牛のコルチ器やらせん神経節にStat4の弱い発現をみとめた。次に、より早期の3時間後の蝸牛における遺伝子発現を網羅的検出法(RNA-seq, DNAマイクロアレイ)で検討した。難聴発症3時間後の蝸牛ではRNA-seqで16098遺伝子群の発現をみとめたが、難聴発症後の蝸牛ではコントロールの蝸牛に比べて2倍以上あるいは、1/2以下への変動を示す遺伝子を939遺伝子(296発現増加遺伝子、646発現減少遺伝子)認めた。また、DNAマイクロアレイでは16330遺伝子の発現を検出し、862変動遺伝子(257発現増加遺伝子、605発現減少遺伝子)を認めた。総合して両者の実験法で共通する変動遺伝子を、273遺伝子(51発現増加遺伝子、222発現減少遺伝子)認めた。これらの遺伝子には、転写因子をコードするものや、シナプスの情報伝達に関わるものがふくまれる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の交付申請書に記した研究目的は、急性感音難聴発症時のマウスの蝸牛において、多数の炎症・免疫関連遺伝子群を中心的に制御するマスター転写因子を探索 ・同定することである。また、内耳以外の組織ですでに炎症・免疫遺伝子をコントロールするとしめされている、Atf3やStat4に注目した解析を行うと計画した。研究計画にそって2021年度中までに、音響外傷により急性感音難聴を呈したマウスの蝸牛で、Atf3, Stat4の発現を検討する実験を実行した。その結果難聴発症3、12時間後にAtf3の発現が8倍以上に著増することがわかった。Stat4の発現量も減少する傾向をみとめた。難聴発症3-12時間後の蝸牛ではAtf3はコルチ器の支持細胞・有毛細胞発現しており、Stat4についてはコルチ器やらせん神経節ニューロンに弱い発現を認めた。以上より急性感音難聴発症時の蝸牛ではAtf3やStat4によって、炎症・免疫遺伝子の発現がコントロールされていると考えられた。従来難聴発症時の炎症・免疫反応は蝸牛外側壁でおこると報告されていたが、当研究の結果により、コルチ器の有毛細胞や支持細胞でも炎症・免疫遺伝子の発現がコントロールされていることがわかった。またこれまでにAtf3やSta4以外の転写因子についても、難聴発症早期の3時間後の蝸牛で網羅的遺伝子発現解析を行い、転写因子群の変動がないかどうか検討した。その結果、検出された273種類の変動遺伝子の中には、転写因子をコードする遺伝子が多く含まれていることがわかった。これらの転写因子群は急性感音難聴発症時の蝸牛におけるマスター転写因子の候補として有力であり、さらに解析を進めている。以上より当研究はおおむね順調に進展していると自己評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は引き続き交付申請書に記した研究計画にそって、音響外傷により急性感音難聴を呈したマウスの蝸牛で転写因子の発現に着目した遺伝子発現解析を行う。また、転写因子の機能をクロマチン免疫沈降の実験で検討することを計画する。 難聴発症時に変動する遺伝子群の機能をWeb上のデータベースや、文献を検索することにより考察して、どの様な転写因子群が変動しているか検討する。また転写因子の発現部位の検討には引き続き免疫染色法を用いることを計画する。2021年度までに主にAtf3, Stat4の発現量とその部位を検討したが、今後はこれらの転写因子以外にも難聴発症時の蝸牛で遺伝子発現をコントロールするマスター転写因子の候補がないかどうか、網羅的遺伝子解析法(RNA-seq, DNAマイクロアレイ)を用いてスクリーニングすることを継続する。検討する難聴発症後のタイムポイントとしては、発症後3時間のごく早期における検討が適切であると考えられる。これまでの検討では、難聴発症後3時間後の蝸牛では273種類の発現変動遺伝子を認めているが、これらの機能をDavid Bioinformatics Resources (https://david.ncifcrf.gov/)で解析して、どの様な転写因子群が変動しているか、網羅的にあきらかにする。以上の解析により、難聴発症時に遺伝子発現をコントロールするマスター転写因子の候補が同定されれば、候補遺伝子の変動をさらにリアルタイムRT-PCRで定量的に確認する。この様に同定されたマスター転写因子が、どの様な細胞機能に関連して遺伝子発現を制御しているか、文献等で考察することにより、次段階の実験計画の発案につなげる。これまでに検討したAtf3やStat4と同様にコルチ器の有毛細胞・支持細胞に発現する転写因子があれば、特に有力な研究対象とする。
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Causes of Carryover |
2021年度に計上していた経費は主に、音響外傷により難聴を発症するマウスの購入・維持費用や、RNA-seq、DNAマイクロアレイ、リアルタイムRT-PCRの遺伝子解析実験に必要な費用、また、免疫染色に必要な抗体などの実験試薬の費用であった。“研究実績の概要“と”現在までの進捗状況“に記した通り、2021年度までに難聴発症時の蝸牛におけるStat4発現のデータが問題なく得られた。また、比較的多額の費用がかかるRNA-seq、DNAマイクロアレイの受託実験については昨年度までに生データをえており、2021年度は解析が中心であった。これらの実験は滞りなくおこなわれ、特に反復実験も必要なかったので、次年度使用が生じた。2022年度にも遺伝子発現解析実験と解析に必要な費用として、経費を計画する。またクロマチン免疫沈降の受託実験などに費用を用いる。また研究成果を報告し、関連する情報を収集する目的で、日本耳鼻咽喉科学会、耳科学会、聴覚医学会へ参加することを計画する。
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