2021 Fiscal Year Research-status Report
ドイツにおけるサッカーの定着過程に見る非営利法人の社会的機能
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20K11399
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
釜崎 太 明治大学, 法学部, 専任教授 (00366808)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 企業の社会的責任 / 総合型地域スポーツクラブ / ブンデスリーガ / プロサッカークラブ / 50+1ルール / 公共性の構造転換 / フェアアイン / 市民社会 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は,現代ドイツにおける非営利法人の社会的機能について明らかにした。 現代においては,国や自治体だけではなく,企業や地域住民にも公的な課題への貢献が期待されている。ドイツでは,非営利法人が共的セクターとなって,自治体,企業,地域住民と連携し,公的な課題に取り組む事例が見られる。 ここで対象としている非営利法人は,ドイツのVereinである。Vereinは,法体系からは「社団」と訳される。しかし,スポーツクラブを運営するVereinが公的優遇を受ける登記法人(eingetragener Verein)であり,特にスポーツ関係者にとっては,市場経済に対抗しつつ公益性を担保する自治的集団として意識されていることを重視する立場から「非営利法人」と規定している。 ドイツにおいて非営利法人が運営するスポーツクラブが急増する1960年代以降,非営利法人をひとつのセクターとしながら数多くの社会運動が展開され,対抗文化圏が形成されていく。特に空き屋占拠運動で知られるアウトノーメは,FCザンクトパウリを動かし,反商業主義と反人種主義の運動を象徴するプロサッカークラブ(を一部門とする総合型地域スポーツクラブ)を生み出す。その一方で,90年代後半,プロサッカークラブの企業化が認められたブンデスリーガにおいては,非営利法人の議決権を保護する「50+1ルール」が定められ,プロサッカークラブ(企業)によるファンの獲得が,総合型地域スポーツクラブ(非営利法人)の資金を生み出す仕組みがつくられると同時に,非営利法人を軸とする市民社会のもとで,多様な地域課題への取り組みが実現されてきたのである。 このような非営利法人の現代的な機能の成立を歴史的にさかのぼって探究することが今年度の課題となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は,上記した研究成果以外にも,一般的な総合型地域スポーツクラブを運営している非営利法人に焦点化してその現代的な意義を明らかにしてきた。地域住民が政治意識を持った市民として,行政や企業に自らの要求を提示し交渉している具体的な姿を,ひとつの事例研究を通して明らかにしたのである。特に非営利法人は,特定のクラブだけではなく,それらのクラブを束ねるスポーツ連盟も運営しており,市民の「自立」と「連帯」を促し,市民の意見を集約し代表する機能を有していることを明らかにした。 さらに,非営利法人の歴史的背景についても,文献研究の成果として次の三点を明らかにした。第一に,非営利法人が運営しているトップのサッカーチームの収益が広く地域のスポーツクラブのために使用されるようになったのは,20世紀初頭のことである。つまり,トップのサッカークラブが収益をあげはじめた時点で,その収益を地域に還元される仕組みがつくられたのである。 第二に,大企業がスポーツを支援する場合でも,日本のように企業に従属するのではなく,クラブが自立して議決権を持ち,企業と交渉する関係が築かれている。この関係の構築にも非営利法人が歴史的な役割を果たした。19世紀後半のドイツでは,すでに地域住民の自立した取り組みが非営利法人によって組織されていたのである。 第三に,その一方で,非営利法人が運営するスポーツクラブは,ナチスによる権力掌握の過程にも寄与していた。これまではFCシャルケ04による労働者の自己統制が指摘されてきたが,ここ数年,FCバイエルン・ミュンヘンの自己統制の過程についても明らかにされつつある。ドイツでは例えば、会員たちがナチズムに反抗的に対峙したのか,それとも積極的に自己統制したのかについての論争が展開され,その再調査の結果が2022年1月に公表されたのである。それらの文献についての検討が今後の課題となる。
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Strategy for Future Research Activity |
現在までの進捗状況にもあげたように、今後、歴史的に検討すべき課題は次の3つである。 第一に,非営利法人が運営しているトップのサッカーチームの収益が広く地域のスポーツクラブの支援のために使用されるようになった歴史的背景をさぐることである。20世紀の初頭に、はやくもトップチームの資金が地域に還元さるようになったのは,非営利法人の収益が法的に許容されるのは、それが公益に資する場合のみだからである。この法的な規制のために,必然的に,トップの収益が地域に還元されることになったのである。ここに非営利法人が果たしたひとつの歴史的役割がある。この点に関しては,クリスチャーネ・アイゼンベルクの一連の著書を翻訳しながら一次資料を探索していくことになる。 第二に,大きな企業がスポーツクラブに多大な支援をする場合でも,クラブが独立して議決権を持ち,企業と自立的に交渉する関係が築かれたことこにもドイツの非営利法人は歴史的な役割を果たしてきた。そのひとつの典型例を19世紀に設立されたクルップ社のスポーツクラブに見ることができる。今後は,クルップ社の関連資料を探索し,翻訳していく予定である。 第三に,非営利法人が運営するスポーツクラブが,ナチによる権力掌握の過程に寄与した側面を明らかにすることである。特に,FCバイエルン・ミュンヘンをめぐる議論のなかで,ディートリヒ・シュルツェ=マルメリング,マルクヴァルト・ヘルツォーク,グレゴーア・ホフマンらの著書に,例えばスキー部門とサッカー部門の対立を背景とする自己統制の過程が描かれている。それらの著書を翻訳しながら一次資料を探索していくことが今後の課題となる。
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Causes of Carryover |
パンデミック(コロナ・ウィルス感染症)のために、ドイツによる調査ができなかった。そのため昨年度の使用計画通りに運用できなかった。今年度は、パンデミックの様子を見ながらではあるが、2023年2月に国際研究集会を予定している。ベルリン自由大学のグンター・ケバウァ名誉教授(哲学)とケルン・スポーツ大学のユルゲン・ミッターク教授(スポーツ政治学)を招いて、ドイツの非営利法人がスポーツクラブの成立や運営に果たしてきた役割について、市民社会の視点から検討する予定である。大きくは、その国際研究集会での発表とその内容の公表(論文化)にむけて、今年度の助成額を使用する予定である。
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