2022 Fiscal Year Research-status Report
ドイツにおけるサッカーの定着過程に見る非営利法人の社会的機能
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20K11399
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
釜崎 太 明治大学, 法学部, 専任教授 (00366808)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 公共性の構造転換 / 第一の転換 / 市民的公共性 / 受容的公共性 / フェアアイン |
Outline of Annual Research Achievements |
ハーバーマスは公共性のひとつの理想像を18世紀後半の市民的公共性に求め、その担い手のひとつとなったドイツの組織としてVereinをあげている。本研究が対象としている非営利法人は、このVereinに原型を有している。 Vereinの公共性の機能をスポーツに持ち込んだのは19世紀初頭のドイツ体操であった。そこでは会員の平等性と批判的な行動様式が重視され、投票によって指導者が選ばれた。つまり「来るべき時代を先取りし、政治的平等にかかわる規範を練習する場」として機能していたのである。しかし、19世紀中頃には保守的な国家の統制のもとでその公共圏は空洞化させられる。19世紀後半にイギリスから伝播してきたサッカーもまたVereinによって担われた。当時はすでにVereinが公益目的の非営利法人として位置づけられ、サッカークラブは自立した非営利法人として運営されていたために、会員の議決権をともなう自治のもとで、国家や企業からの支援を引き出すことに成功する。しかし、スポーツをはじめとする教育が企業に担わるようになると、公衆の精神性を育む場であった家庭から教育力が剥ぎ取られる。家庭が文化産業の消費の場になると、国家とメディアの共犯関係のもとで―例えばアマチュア選手が(金品ではなく)祖国のために献身する英雄とみなされるなど―世論が形成され、「当事者と関係のないところでなされた決定が、当事者によっていつのまにか支持されてしまっている」という受容的公共圏の特徴が広がったのである。 つまり、サッカーの定着過程に非営利法人が果たした役割は、一方では国家や企業から独立した組織として市民の意見形成とその意思決定の場を担保し、国家や企業からの支援を引き出しながらも、他方では、国家や企業への批判的な公共圏を形成するまでにはいたらず、受容的公共圏の形成に寄与してしまったところに求められるのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、ドイツの非営利法人が運営している総合型地域スポーツクラブの役割に関する学術論文と、非営利法人によって形成される公的領域の意義に関する学術論文の二本を作成した。また、非営利法人としてのサッカークラブが歴史的に果たした役割について、その積極的な側面と消極的な側面をハーバーマスの『公共性の構造転換』にもとづいて明らかにした。その成果の一端は学会発表と国際シンポジウムにおいて報告済である。 ハーバーマスによれば、福祉国家における民主主義の度合いは、公論を形成する場としての公共圏の程度によって測られる。選挙制度にもとづく民主主義的な福祉国家においては、世論の動向に大きな政治的な意味があることは言うまでもないが、大衆社会における世論はメディアの報道に強い影響を受けざるをえない。しかし、そのメディアの報道内容は企業と国家の意図のもとに形成される側面をもつため、メディア報道の内容を受動的に受け止めるだけの「受容的公共性」ではなく、それを批判的に捉える「批判的公共性」が求められることになる。ハーバーマスは、その批判的公共性をともなったひとつの理想的な公共性のあり方を18世紀後半の欧州における市民的公共性に求めたが、市民的公共圏は19世紀の経過のなかで受容的公共圏へと堕していく。国家と企業による癒着のなかでメディアの報道内容が形成され、家庭の教育力の低下とともに、レジャー産業にのみ込まれるかたちで、「当事者と関係のないところでなされた決定が、当事者によっていつのまにか支持されてしまっている」という受容的公共性の特徴が広がっていったのである。この19世紀における「市民的公共性(批判的公共性)」から「受容的公共性」への構造転換を三島憲一は「第一の転換」と呼んでいるが、本年度はこの「第一の転換」に果たしたサッカークラブと非営利法人の役割を明らかにしたのである。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度の課題は「研究実績の概要」に記した「(第一の)公共性の構造転換」に果たしたサッカークラブの役割を学術論文として公表することである。その論文作成の過程において、ドイツ体操クラブの変容過程、ドイツにおけるサッカーの受容・定着・普及の過程と公共性の関係について、より丁寧に実証していく作業が必要になる。昨年度からの課題を引き継ぐかたちで、クルップ社におけるスポーツクラブの位置づけ、第三帝国期におけるサッカーのメディア報道、FCバイエルン・ミュンヘンとFCシャルケ04の会員総会の様子などに関する実証に取り組むことになる。 また、昨年までに公表してきた「ドイツの市民社会とスポーツクラブ及びブンデスリーガ」に関する研究成果を、ハーバーマスの『公共性の構造転換』の枠組みにしたがいながら位置づけ直す作業にも取り組みたい。先にも指摘したように、ハーバーマスがいう18世紀から19世紀における公共性の構造転換を三島憲一は「第一の転換」と呼び、ハーバーマスが90年の『公共性の構造転換』の新版序文において示唆した、1980年代から90年代にかけてのドイツにおける市民社会の成立と新しい公共圏の形成を「第二の転換」、そして近年におけるレジャー産業のグローバル資本主義化とその広がりを「第三の転換」に位置づけている。この「第二の転換」と「第三の転換」にサッカークラブがいかなるかたちで寄与したのかについても検討しながら、ドイツサッカーの歴史社会学を展開したい。
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Causes of Carryover |
昨年度に予定した通り、2023年2月に国際シンポジウムを開催し、ベルリン自由大学のグンター・ケバウァ名誉教授(哲学)とケルン・スポーツ大学のユルゲン・ミッターク教授(スポーツ政治学)を招いて、ドイツの非営利法人がスポーツクラブの成立や運営に果たしてきた役割について、多くの参加者とともに議論した。この国際シンポジウムの費用にパンデミックの期間中に使用できなかった残額の多くを使用したが、パンデミックやウクライナ情勢のために、国際シンポジウムの資金計画を正確に算出できず、繰越金が発生した。この繰越金は、今年度の実証資料の収集(必要があればドイツへの渡航も含め)のために使用する予定である。
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