2020 Fiscal Year Research-status Report
自律と道徳的強制に関わる倫理学的研究―実質的構想とカント実践哲学を手掛かりとして
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20K12777
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Research Institution | Ibaraki University |
Principal Investigator |
田原 彰太郎 茨城大学, 人文社会科学部, 准教授 (90801788)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 自律 / カント実践哲学 / 実質的構想 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の初年度である2020年度には、自律の実質的構想の基礎的研究、ならびに、カント実践哲学をそれと関連付けるための基礎的研究を行った。 自律の実質的構想に含まれる考え方は多様であり、その全体像はまだ明らかにはなっていない。2020年度にはその全体像を明らかにするための研究に取り組んだ。具体的には、実質的構想の代表者であるPaul BensonやMarina Oshanaなどの諸文献、実質的構想に関連するいくつかの論文が収められている近年の研究成果である著作pesonal autonomy and social oppression(Marina Oshana編、2017年)を中心に、実質的構想の代表的文献の読解を行った。 この研究と並行して、カント的自律の現代的展開を明らかにするための研究にも取り組んだ。本研究では、実質的構想とカント的自律との接続可能性の検討も含まれるゆえに、カント的自律が現代においてどのように論じられているのかを明らかにすることは、本研究にとっても重要である。具体的には、Kant und Menschenrechte(Reza Mosayebi編、2018年)という著作のなかから二つの論文の翻訳を行った。訳出されたのは、Oliver Sensenの“Autonomie als Grund der Menschenrechte”とRainer Forstの“Der Sinn und der Grund der Menschenrechte”である。これらの論文はともに、現代の人権に関する議論のなかでカント実践哲学を論じており、人権という切り口からカント的自律の重要性を示している。なお、本研究では、2022年度にForstの人権論の批判的検討を行う予定になっているが、2020年度に行ったこのForstの論文の翻訳は、そのための予備的研究という意味をも含んでいる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究はおおむね予定通りに進行している。 2020年度の研究においては、(1)実質的構想の全体像の理解、(2)実質的構想とカント実践哲学を結び付けることの意義という2点についてとくに進展があった。 (1)に関しては以下の進展があった。実質的構想の多くの擁護者が、Gerald Dworkin、Harry Frankfurt、John Christman、Diana Tietjens Meyersなどを代表者とする、論者によって階層的構想とも、内容中立説とも、内在主義とも呼ばれる類似した立場を批判的に乗り越えようとしていることが明らかになった。このことによって、これらの立場にまで考察対象を広げることによって、実質的構想を主張する必然性をより掘り下げて検討することが可能になり、さらに、実質的構想の全体像の輪郭をより鮮明にすることも可能になるとの見通しが得られた。 (2)に関しては以下の進展があった。2020年度には、現代の人権研究のなかでカント的自律を重要視する文献の翻訳をはじめとして、カント的自律の研究も進めたが、それらのなかで実質的構想が扱われることはない。実質的構想研究においては、カントの自律概念や現代カント主義者であるChristine Korsgaardの自律概念が言及されることはあるが(例えば、Henry Richardsonの“Autonomy's Many Normative Presuppositions”)、それらの概念と実質的構想との関係が主題化されることはない。2020年度のこの研究によって、実質的構想とカント実践哲学との接続可能性を探るという本研究のオリジナリティがあらためて確認された。 なお、以上の通り本研究はおおむね予定通りに進展しているが、新型コロナ感染拡大によって、2020年度に予定されていた海外出張(研究打ち合わせと口頭発表)が2021年度以降に延期になった。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究では、まず、2020年の研究で得られた知見に基づき、実質的構想の支持者たちが乗り越えようとしている自律解釈の立場も研究対象に加える。とくに、その立場のどこに、どのような問題を実質的構想の支持者たちが見ているのかを考察することによって、自律研究のより広い文脈の中で実質的構想がどのような位置を占めているのかを探る。この探求を通じて、実質的構想の意義と全体像の明確化が期待される。 さらに、今後の研究においては、実質的構想が抱える問題を掘り下げる。自律的行為者は道徳的強制を受け入れねばならないということが、実質的構想の中心的テーゼである。しかし、道徳的強制とは、一般的に言えば、他者が定めるものだと考えられている。そうであれば、道徳的強制の受け入れは、行為の当事者にとっては規範の押し付けである場合もあり、この場合には自己決定を本質とする自律を損なうことだとも思われる。この点を踏まえたうえで実質的構想の自律理論としての適切さが問われねばならない。掘り下げるのはこの問題である。 この問題を踏まえ道徳的強制の受け入れと自律との関連を考察するために有用であるのが、カント実践哲学である。なぜなら、カント実践哲学においては道徳的強制を受け入れることが自律的であることと同一視されるからである。したがって、この問題について検討する際には、実質的構想とカント実践哲学との接続可能性をも併せて検討しつつ、研究を進める。
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Causes of Carryover |
2020年度には、新型コロナ感染の世界的な拡大を理由として、海外出張を含むいくつのか出張が中止ないしは2021年度以降に延期となった。次年度使用額は主としてこの出張経費の未使用によって生じた。予定されていた出張が可能となった際に、この未使用分を利用する予定である。
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