2021 Fiscal Year Research-status Report
自律と道徳的強制に関わる倫理学的研究―実質的構想とカント実践哲学を手掛かりとして
Project/Area Number |
20K12777
|
Research Institution | Ibaraki University |
Principal Investigator |
田原 彰太郎 茨城大学, 人文社会科学部, 准教授 (90801788)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | 自律 / 実質的構想 / 価値中立的構想 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題の2年目に当たる2021年度には、これまでに行った実質的構想に関する基礎的研究の成果をまとめた論文「自律の実質的構想――共通の特徴に基づくアプローチ」を公刊した。この論文では、まず、自律の実質的構想に含まれる代表的立場には、一般的に挙げられるよりも多くの共通の特徴が見いだせることを指摘した。この論文で挙げたのは、課題、方法論、実質性、フェミニズム的関心、関係性、全人性という六つの特徴である。この六つの特徴を明示したという点が、本研究の独自の成果である。この論文ではさらに、この六つの特徴を用いて、実質的構想の代表的立場である規範的能力説、社会関係説、自尊心説という三つの立場を説明した。この説明によって、六つの特徴が実質的構想に含まれる代表的な各立場に共有されていることが裏付けられるとともに、この六つの共通の特徴がどのように各立場のなかで具体化されているのか、という新しい観点から実質的構想が解明された。 この論文を作成する過程で、ジェラルド・ドゥオーキンとジョン・クリストマンの諸文献を中心に、自律の価値中立的構想の研究も進めた。この研究の進展によって、価値中立的構想を支持する議論の中には、実質的構想の問題点を明らかにするために有用な論点がある、との知見を得ることができた。 なお、本研究課題では、2020年にドイツ・フランクフルトにて開催予定であったワークショップに参加することになっていたが、このワークショップが新型コロナウィルスの世界的な感染拡大によって、2020年度に続き、2021年度にも実現できず、2023年へと延期された。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2021年度の研究においては、(1)今後の研究のための基礎固め、(2)価値中立的構想の重要性、(3)ライナー・フォアストの人権論研究の方針という3点についてとくに進展があった。 (1)本研究の中心的主題は自律の実質的構想である。本研究は今後、実質的構想の問題点の考察、フォアストの人権論とカントの実践哲学の解釈を通したこの構想の解明や批判的検討などを行うが、2021年度に公刊した論文によってその際に参照可能な基礎を作ることができた。実質的構想についての文献がきわめて少ない日本語圏の研究状況の中で、このような基礎を作ることができたことは、本研究の進展にとって大きな意味をもつはずである。 (2)本研究では、実質的構想を価値中立的構想との対立図式のなかで考察している。当初の計画では、価値中立的構想を実質的構想が乗り越えを試みる対象としてだけ捉えていた。しかし、研究を進めていくなかで、実質的構想研究の内部の議論にだけ着目するよりも、価値中立的構想の支持者による中立性を支持する議論にも着目した方が、実質的構想を批判的に検討するための論点をより多く、より掘り下げたかたちで取り出すことができそうだ、という見通しを得ることができた。実質的構想の問題点の洗い出しは、本研究の重要な課題の一つである。この見通しによって、課題に取り組むためのより適切な研究方針を定めることができた。 (3)本研究ではフォアストの人権論を考察の対象としている。本研究課題の期間内に行っている彼の論文の翻訳作業(この翻訳については2020年度の実績報告書に記述済み)の継続などを通して、その人権論における自律理解を価値中立的構想の潮流の中に位置づけ、実質的構想の観点からその人権論を批判的に考察するとともに、フォアストの議論のなかから実質的構想の問題点を明らかにする際に有用なものを探り出す、という研究方針を定めることができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究においては、2021年度までの研究を基礎として、フォアストの人権論を批判的に検討する。まずは、フォアストの思想の中心である「正当化への権利」の研究を行う。この概念はフォアストが取り組む様々なテーマのなかで論じられているゆえに、この研究においては彼の諸著作をある程度幅広く読解することになる。そのうえで、彼の人権論に目を向け、人権の尊重と関連して論じられる自律概念を解明することを試みる。具体的には、その自律概念を、価値中立的構想研究という潮流の中に位置づけることによって解明する予定である。ここまでが、彼の人権論を自律を中心に論じるための準備的な研究である。 その後、この研究に基づき、実質的構想とフォアストの人権論との相互的な批判的吟味を行う。現時点では、この相互的な批判的吟味によって、フォアストの人権論にはある種の抑圧的環境下にいる人々の解放を扱いにくいという問題が、実質的構想には規範の押し付けが人権の尊重という具体的な場面においてこの構想の難点として現れるという問題が現れることが見込まれている。この研究の成果は、2023年にドイツ・フランクフルトで開催予定のワークショップでの口頭発表にて公表する予定である。 さらに、今後は、当初の計画よりも価値中立的構想に重きをおいて自律の研究を継続的に進める。この研究においては、「なぜ自律は価値中立的に構想されねばならないのか」という問いを中心に据え、価値中立的構想の支持者が自律の中立性を支持するために用いる議論を収集、分析する。自律の中立性を支持する議論の収集においては、ドゥオーキン、クリストマン、ダイアナ・ティーチェンス・マイアーズの諸文献を中心に研究を進める予定である。この収集と分析に基づき、これらの議論が実質的構想の問題点の洗い出しにどのように寄与しうるかを吟味する。
|
Causes of Carryover |
2021年度には、新型コロナ感染の世界的な拡大を理由として、海外出張を含むいくつのか出張が中止ないしは2022年度以降に延期となった。次年度使用額は主として、この出張経費の未使用によって生じた。予定されていた出張が可能となった際に、この未使用分を利用する予定である。
|