2022 Fiscal Year Research-status Report
The Concept of Subjectivity in Enlightened Societies - Reading Kierkegaard from Adorno's Perspective
Project/Area Number |
20K12788
|
Research Institution | Hosei University |
Principal Investigator |
吉田 敬介 法政大学, 文学部, 講師 (50847720)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | S・A・キルケゴール / Th・W・アドルノ / Chr・メンケ / 批判理論 / 主体性 / 啓蒙 / 修正するもの / 美的経験 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和4年度は、前年度までの研究成果を引き継ぎながら、S・A・キルケゴール思想の社会哲学的ポテンシャルを特に実践的観点から明らかにした。その上で、その思想がTh・W・アドルノ以来の批判理論とどのような関連をもちうるかについて、考察を試みた。その際、一方では、キルケゴールにおける「修正するもの」概念が、他方では、批判理論の系譜における主体性論が、検討の対象となった。 令和4年6月に『実存思想論集』第37号に掲載された論文「キルケゴールにおける「修正するもの」概念の構成――既存体制への抵抗のための歴史的思考モデルとしての読解」では、1840年代後半以降のキルケゴールの日記記述における「修正するもの」概念に注目し、その思想的ポテンシャルを考察した。とりわけ、主体の内面性を強調するキルケゴール思想が、既存の社会体制による自己神格化に抵抗するための歴史的思考モデルとして読解しうるものであることを明らかにした。 また、アドルノ以来の批判理論における、とりわけ近代的な「美的経験」に関わる主体性論が検討された。その際、批判理論の思想の系譜において、意識的・合理的な「能力」とそれを超える「力」との間で自らを理解する美的な主体が構想されていること、またそのような主体が美的経験を通して近代社会の規範を超えるものとして理解されていることが、明らかになった。こうした主体性論を示す重要なテクストとして、クリストフ・メンケ『力――美的人間学の根本概念』が翻訳され(杉山卓史・中村徳仁との共訳)、令和4年7月に人文書院より出版された。 以上の取り組みから、「他なるもの」の意識とともに内的反省を遂行しつつ既存の社会に抵抗するキルケゴール的な主体コンセプトと、美的な経験による他なる「力」の認識とともに近代社会の規範から批判的な距離をとる批判理論の主体性概念との間に、一定の親近性が示されることになった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究は、予定していた研究計画に対して、やや遅れている。キルケゴール思想の社会哲学的意義を考察しながら啓蒙された社会における主体性コンセプトを検討するという本研究の課題に関して、令和4年度の取り組みから、主として以下の三点について進展が見られたが、とりわけ最後の点についてはいっそうの検討が必要である。 第一に、個人の内面の罪意識に定位するキルケゴールの主体性コンセプトが、近代化が進行する社会の自己神格化と批判的に対決するものであることが、「修正するもの」概念の検討から明らかとなった。ここには、社会という外面世界に背を向ける個人主義という紋切り型の解釈に尽きることのない、キルケゴール思想の社会哲学上の実践的ポテンシャルが示されている。この論点については、『実存思想論集』第37号に掲載された論文において、研究成果が発表された。 第二に、アドルノ以来の批判理論の系譜において見出される近代的な主体性概念が検討された。その際、啓蒙が進展する近代社会の規範を、「美的経験」を通して批判的に超えていく主体のあり方が提示されていることが確認された。この論点に関する研究成果として、メンケ『力――美的人間学の根本概念』が共訳として翻訳・出版された。 第三に、キルケゴール思想とアドルノ以来の批判理論とのいずれにも、近代化や啓蒙が進む社会に対して抵抗・批判を遂行する主体性コンセプトが見いだされることが示されつつある。この論点は、思想史上の観点を考慮しつつ、さらに考察が進められる予定である。 なおコロナ禍の状況や所属機関の異動に関わる諸事情から、令和4年度には、国外研究機関への訪問は実現しなかった。とはいえオンラインで開催された国内学会(キェルケゴール協会、実存思想協会、法政哲学会)、対面で開催された国内学会(社会思想史学会)への参加を通して、本研究に関わる議論について重要な示唆を得ることができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
令和5年度は、これまでの研究成果を総括しつつ、批判理論との結びつきからキルケゴール思想の社会哲学的意義を明らかにする。そのためには特に、キルケゴールの主体性コンセプトがアドルノによってどのように展開されたのかについてのさらなる検討が重要となる。その際、19世紀から20世紀にかけての思想史上のコンテクストが考慮に入れられるとともに、アドルノの批判的キルケゴール受容が主体性論という観点から改めて考察される必要がある。 こうした論点は、これまでと同様、主として文献(キルケゴールやアドルノら批判理論の一次文献や関連する二次文献)の読解を通して考察される。これまでの研究成果を踏まえた上での文献の分析・検討から、近代化や啓蒙というコンテクストにおけるキルケゴールの主体性論の社会哲学的意義が、そしてそれがアドルノらの批判理論と共鳴する部分が、明らかにされる。こういった取り組みを通して、本研究は最終的に、合理化や世俗化のプロセスのあり方が問い直されている近現代社会において構想しうる批判的主体のモデルを提示することを試みる。 本研究の成果は、引き続き、様々な学会・研究会での研究発表や専門家との議論を通じて展開される必要がある。コロナ禍の状況次第ではあるが、令和5年度には国内外の研究機関への訪問がある程度可能となっているように思われるため、できる範囲で対面で(またそれが困難であればオンラインで)様々な学会・研究会へ参加し、本研究の成果を議論していく。その成果は、研究論文などの形で公の議論に開かれることが期待される。
|
Causes of Carryover |
コロナ禍の状況や所属機関の異動に関する諸事情から、予定していた国内外の研究機関への訪問や学会・研究会への対面参加ができず、また予定していた文献の購入も遅れてしまったため、次年度使用額が生じた。令和5年度には、可能な範囲で研究機関への訪問や学会・研究会への対面参加を行い、必要な文献購入を行う予定である。
|
Research Products
(2 results)