2021 Fiscal Year Research-status Report
中近世京都日蓮教団の教義思想に関する基礎研究:広蔵院日辰の著述文献に注目して
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20K12808
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Research Institution | Rissho University |
Principal Investigator |
神田 大輝 立正大学, 仏教学部, 助教 (00831132)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 論義書 / 日辰 / 要法寺 / 京都日蓮教団 / 天文法華の乱 |
Outline of Annual Research Achievements |
(1)戦国期日蓮教団の学僧である広蔵院日辰の著述の一つで、未刊史料の『略二論議』(全一冊、京都要法寺蔵)と称する法華経論義書の翻刻・分析を行った。本書は京都要法寺貫首在職中の日辰が永禄三年(1560)に著した『開迹顕本法華二論義得意抄』(全六冊、要法寺蔵)と広略の関係にある。六冊本の奥書には著者日辰が広略二本の用途を門下に説明して「人前論義」には「略本」(一冊本)を用い、各論目を「得意」するために「広本」(六冊本)を用いるべき旨を記している。『略二論義』は、すでに大正期の研究に書目を載せるが、その書誌をはじめ、六冊本からの出入や論義書としての特徴に関する具体的な検証はなされていなかった。研究代表者は、本書の翻刻・分析の成果を9月開催「日本印度学仏教学会第72回学術大会」(大谷大学、オンライン)にて口頭発表し、それを成稿して同機関誌『印度学仏教学研究』に掲載した。 (2)2020年度に島根県大田法藏寺の宝藏より発見された日辰の思想形成にかかわる新史料①『難状草案日辰帰元抄』②『種脱得意抄』写本(各1冊)の翻刻・分析を行った。①は江戸後期の編纂で、当時要法寺に所蔵されていた日辰の関連史料を集写した史料。②も江戸後期の写本で、日辰最初期の著述を写したものである。いずれの写本も、天文五年(1536)「天文法華の乱」直後に成立した日辰関係史料の内容を伝えるものである。日辰は天文六年(1537)他僧侶との問答に敗北したことにより、若年時に習得した教義からの思想転向をとげた経歴をもつ。この思想転向については、既刊の著述に吐露され、従来の研究史でも注目されていたが、その前後における日辰の動向や思想的推移までは具体的にされていなかった。上記史料は、この空白部分を補う内容をもっており、この分析で得られた成果を11月開催「第73回日蓮宗教学研究発表大会」(身延山大学/オンライン)にて口頭発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2021年度も初年度に引き続き、新型コロナウイルス感染拡大により、史料調査等の研究計画に大幅な制限をうけた。前年度の報告段階で、なるべく現地調査に依存しない方向性で、停滞が避けられるよう、研究計画の練りなおしを図ったように、すでに研究代表者が蒐集済みの史料(もしくは新たに発見されて写真提供をうけた史料)、また所属機関の立正大学日蓮教学研究所に架蔵される写真資料をもとに研究を進めることとなった。しかしながら、上記資料により文献史料の書誌を考察するなかで、写真資料の上では判断が難しい問題点も多々あった。 たとえば、『略二論義』の場合(立正大学日蓮教学研究所に架蔵される昭和40年代撮影のモノクロ写真を利用)、墨付一九丁の内、著者日辰の自筆部分は第一丁部分のみで、それ以外は他筆となっている。他筆に変わるのは、同じ論目を記述する途中であり、作成当初より分担で執筆されたとみるのは不自然である。研究代表者は、後世、日辰の自筆本で完備していた一冊の第二丁以降を何かしらの理由で欠失もしくは破損したため、門下が既存の写本をもとに補写した可能性が高いものと推測した。しかし、原本から料紙の状態を実見できれば、史料の伝来過程についてより詳細な事情を明らかにできたのではないかと思われる。このように、調査が実施可能となるまで判断を保留せざるを得ないところもあった。 それでも、新史料の情報提供を受けるなど、当初の研究計画に見込んでいなかった成果もあった。「天文法華の乱」という京都教団の存亡にかかわる重大な事象をうけ、その後、京都諸寺に属する日蓮門下がそれぞれ注力していたであろう、諸活動(京都復興や、各門流の宗義の維持・研鑽等)の実態は、従来の研究史でもほとんど掴めていなかった。その空白部分を補う一事例として、当時における日辰の動向を伝える史料の発見は重要な意味があると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度は、新型コロナウイルス感染拡大の状況を鑑みつつ、調査先寺院との調整を行い、当初の研究計画において優先度が高い史料の調査を実施したい。特に日辰の思想変遷上の要所、天文期の思想転向直後に成立した文献、また他の学界権威者との学問授受に関する文献を調査し、翻刻・分析を進めていきたい。 2021年度の研究で『難状草案日辰帰元抄』『種脱得意抄』の翻刻・分析を行ったことにより、天文六年、日辰に思想転向を志向させた具体的な教義上の論点を抽出することができた。この論点とそれによってきたる問題意識、つまり教義的な”問い”の解決が、天文六年以降の学問活動に目指されていると考えられ、未翻刻のまま手付かずの天文期の著述等を読解することで、その論点・問題意識の継続と、段階的な成熟の経過を委細に辿れるものと見込んでいる。 なお、2022年度も新型コロナウイルス感染拡大により、調査先寺院との調整がつかず、調査実施を見送る状況が続く場合、現時点で閲覧可能な範囲にある写真資料の解読・分析を行い、確実な研究の進捗を期したい。具体的には、思想完成期の成立で宗祖日蓮の御書注釈がなされた『御書見聞』の解読と分析を予定している。日辰が晩年、門弟に向けて談義した内容と伝えられる。思想完成期の著述は『開迹顕本法華二論義得意抄』をはじめ、その多くが活字で公刊されているが、『御書見聞』は祖書に直接的な注釈を加えたものであり、日辰の教義思想を検討する上で重要な著述の一つである。さらに個別思想の解明のみならず、戦国期の日蓮門下における祖書受容の一端を伝えるものとして大変貴重であり、ながく公刊が待たれている史料の一つである。 以上の通り、史料調査の実施が困難となった場合を想定し、研究が停滞することがないように流動的な計画を立てている。しかし、それでも研究の成果が十分に得ることができない場合は、研究期間の延長も視野に入れている。
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Causes of Carryover |
初年度と同様、研究計画の骨子となる史料調査の実施をすべて見合わせたため、調査旅費を使用する機会がなかった。また初年度に予定していた調査に必要な機材の購入も保留している状態であり、計画通りに研究費を消化できていない。2022年度は調査実施のめどが立ち次第、必要機材を購入する。
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