2021 Fiscal Year Research-status Report
宗教現象の再画定をめぐる宗教人類学的研究――ケニア、ドゥルマ社会の悪魔崇拝言説
Project/Area Number |
20K12815
|
Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
岡本 圭史 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 研究員 (90802231)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | 人格化された悪 / 新自由主義 / 存在論 / 生活世界 |
Outline of Annual Research Achievements |
COVID-19による現地調査中断が続く中、アフリカ妖術研究並びに感染症の医療人類学的研究の成果を検討した成果を論文として公刊した。加えて、調査地についての情報収集と並行して理論的研究を実施した。パーキンがかつて提示した「人格化された悪」(Parkin (ed.) 1985 The Anthropology of Evi)の概念は、これまでに妖術や憑依霊、悪魔等と呼ばれてきた対象を包括的に捉えると共に、既成の概念による議論の陳腐化から妖術研究を開放する可能性を秘めている。構造機能主義的な色彩の濃いパーキンの議論を今日的文脈に再配置した際に引き出されるのが、新自由主義的状況における悪の表象という課題である。これはコマロフ夫妻の千年紀資本主義をめぐる議論にも通じる論点であるが、今日的状況においてはむしろ、資本と労働の諸関係がグローバル化する状況において悪の表象が生み出されるメカニズムが注目される。この論点はまた、思考の被拘束性及びその解体という、ある種の実践的課題にも通じている。この問題に関しては、2021年度に2度の学会発表を行うと共に、論文公刊のための用意を続けている。また、妖術や呪術が当事者にとっての現実となる状況を捉える視座の整備のために、ヴィヴェイロス=デ=カストロの存在論的アプローチをその他の諸理論と共に検討することを試みた。特に、生活世界の内在的理解を目指す人文学としての人類学と、認識に外在する環境内存在としての人間を捉えるスペルベル流の「自然主義的アプローチ」の統合を構想した。存在論再考をめぐる議論に関しては、2022年度の公刊を計画している。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現地調査が困難な状況において、2021年度にも日本文化人類学会及び日本宗教学会における口頭発表を通じて、現段階での理論的な成果を公刊した。更に、アフリカ妖術研究と医療人類学における感染症研究の成果を再考した成果を論文として公刊した。 アフリカ諸社会の感染症と妖術に関しては、マラリアと妖術言説の親和性が比較的低い一方で、HIV/AIDSは妖術の語りとより密接に結びつくことを、医療人類学と妖術研究の検討を元に示唆した。また、目下のパンデミック状況以前のドゥルマの調査資料を基に、都市部における病院が多元的医療体系の媒体であるに留まらず、恐らくは資本の蓄積及び状況の不確定性故に、妖術言説を喚起する場ともなり得ることを指摘した(岡本 2021「不幸の内在的理解について」『宗教研究』)。更に、R. Calichmanによる安部公房論であるBeyond Nationの読解を通じて、国家、都市、共同体といった対象を捉える方法について、文学研究におけるテキスト読解の手法と共に検討を加えた(岡本 2021「書評 Richard F. Calichman : Beyond Nation : Time, Writing, and Community in the Work of Abe Kobo」)。 更に、妖術を内包する生活世界を捉える視点の整備に関しては、2022年度に論文としての公刊を計画し得るだけの用意をなし得た。以上のことから、2020年度の研究はおおむね順調に進展していると判断した。
|
Strategy for Future Research Activity |
1.ドゥルマ社会の現地調査:2022年度に現地調査が可能となった場合には、海岸部地方都市における悪魔崇拝言説、貧困からの脱出をめぐる教育等の文化資本をめぐる語り等をめぐる調査を実施する。旱魃や人口増加、土地不足が深刻化する状況において、人々の関心は生態系への負荷よりも、教育を通じた貧困からの脱出へと向いている。そうした中において、キリスト教が更に人々の関心を集めている可能性もある。日常生活の持続性への信頼、実在する諸問題への呪術的説明、問題解決手段における霊的手段の重視という状況に注目した上で、呪術的世界への労力の吸収という人間社会においてある程度まで普遍的な問題についての、民族誌的調査に基づく把握を試みる。 2.悪魔崇拝言説の比較研究:2021年度の現地調査が依然として困難であった場合には、政治経済的苦境や生業活動による生態系への負荷といった側面を資料化するための方法論について、調査に向けた用意を行う。それに加えて、上述の諸点をめぐる理論的な考察を継続する。更に、これまでの研究成果の論文としての早期の公刊を目指す。
|
Causes of Carryover |
2021年度の現地調査がCOVID-19によって延期を余儀なくされたため、主な用途であった旅費や人件費・謝金を執行しなかった。文献研究には既存の資料を活用し、当該年度の使用を控えた。次年度使用額については、主に2022年度以降の現地調査の費用として用いることを予定している。
|