2022 Fiscal Year Research-status Report
Political subjects and Etienne Balibar's philosophy in the age of French declonization
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20K12832
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Research Institution | Kobe City University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
太田 悠介 神戸市外国語大学, 外国語学部, 准教授 (70793074)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | エティエンヌ・バリバール / 政治主体 / 脱植民地化 / ポスト・コロニアリズム / 反人種主義 / スカーフ論争 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、現代フランスの哲学者エティエンヌ・バリバールを参照軸とし、アルジェリアなど仏領植民地が独立した脱植民地期から現代のフランスにおいて政治主体論がどのように形成され、また変化してきたのかを探ることであった。 本年度は主に二つの観点から研究を進めた。第一に、1980年代末以降、30年以上にわたってフランスで続いている「スカーフ論争」の検討である。ムスリム女性が着用するスカーフをめぐっては、フランスのライシテ(政教分離)との整合性という点が着用禁止の法制化の流れのなかでは重視されてきたが、着用する若年層に対する社会学的調査によれば、イスラムの信仰と世俗的な世界での成功を同時に望む傾向が顕著である。バリバールは1989年の論争直後からスカーフを着用するムスリム女性におけるこの複合的なアイデンティティの探求という側面を重視する。本年度はバリバールがスカーフ論を展開している著作、新聞論説などの資料の検討を行い、バリバールのスカーフ論読解の基礎的な作業を終えた。この点については研究会において口頭発表を行った。 第二に、現代フランスにおける政治主体論については、アントニオ・ネグリ/マイケル・ハートの両者とバリバールの比較を行い、雑誌論文として公表した。ネグリ/ハートとバリバールはポスト・コロナ時代における経済のデジタル化の進行に対する危惧を共有する一方で、バリバールは経済を中心とする「社会的な暴力」の浸透と、とりわけ民衆層における「人種的な暴力」の発現とが必ずしも収斂することのない現象であるとして、別個に分析する。フランスの黄色いベスト運動とブラック・ライヴズ・マター運動はそれぞれ「社会的な暴力」と「人種的な暴力」への異議申し立てであるが、バリバールがこれらふたつの社会運動の連携の可能性を探っていることが明らかになった。この第二の研究内容については雑誌論文を公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実績の概要に記載したように、脱植民地期と現代という両時期区分においてバリバールの政治主体論の考察を進めた。また、昨年度、一昨年度とコロナ禍を理由としてフランスでの海外調査を延期してきたが、本年度は3月にフランス国立図書館で資料調査を行うとともに、バリバールへのインタビューを実施することができた。 本年度の研究を通じて、脱民地期から現代にかけてのフランスで、複合的なアイデンティティを有する政治主体が旧仏領植民地出身者を中心に形成されてきたという点を確認した。バリバールの政治主体論はこのような状況を受けて形成されてきたと考えられる。研究課題最終年度の来年度に向けて必要な作業を進めることができたと判断し、上記の判断とした。
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Strategy for Future Research Activity |
研究実績の概要記載の第二点である「スカーフ論争」については文献の調査と口頭発表というかたちで本年度に基礎的な作業を進めることができたため、来年度は成果を論文として公表することを目指す。また、研究課題全体のまとめを年度の後半に行う予定である。
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Causes of Carryover |
コロナ禍によりフランスでの現地調査を当初計画より遅れて実施したため、諸般の事情により調査期間を短縮せざるをえなかった。結果、当初計画との執行額に差が生じた。未使用額は少額であるため、翌年度の文献購入のための経費に充てる予定である。
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