2021 Fiscal Year Research-status Report
フランス精神分析における「享楽」の概念の再検討、およびその思想的位置づけの試み
Project/Area Number |
20K12840
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Research Institution | Kyoto Seika University |
Principal Investigator |
春木 奈美子 京都精華大学, 共通教育機構, 研究員 (60726602)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 女性患者の語り / フランス精神医療 / フランス精神分析 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究第二年目は、一年目から予定していたもののコロナ禍のため延期していたフランスでの在外研究を開始した。フランスの精神分析家・精神科医ジャック・ラカンの理論を精神医療の現場で実践していた精神科医ジャン・ウリ(2014年死去)によって創設され、現在もなお独自の活動を続けている精神科病院「ラ・ボルドクリニック」を拠点とし、同病院における臨床活動の調査を行った。 このクリニックでは、医師、看護師、ソーシャルワーカー、心理士、「滞在者」と呼ばれる患者等々の間の序列的境界を時に希薄化しながら、患者個人のケアに当人を含め複数の人間が携わることができるような流動的布置が形成されている。実際、たいていの訪問者は医師と患者とをおおよそ見分けることはできない。院内文化活動である「クラブ」の会議には、患者も医師も入り交じって参加し、自由で率直な意見交換が頻繁に行われており、またこの会議の場自体が、先に挙げたような治療的な効果をも担っていることが観察された。 また同時に本研究では、クラブの文化活動のひとつである「アトリエ」を新たに立ち上げつつ、いくつかの女性患者の症例の収集に努めた。例えば、普段は黙した老女が通りがけにこのアトリエに参加し、ゆるやかな手作業を共に行うなかで、これまでにはなかったような語りが突如展開するといった場面に遭遇することも少なくはない。このような潜在的に萌芽していた語りが鮮やかに淀みなく出現する場、ジャン・ウリがいう「言うのある空間」(espace du dire)が常に開かれる可能性が、細部にまでそしてごく素朴な形で実装されたこのクリニックからは、様々な臨床的ヒントを引き出すことができる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究第二年目は、新型コロナウイルスの影響で研究初年度から延期せざるをえなかった在外研究を実現し、フランス精神科病院での実地調査を行うことができた。また長期の滞在によって、外部からの観察にとどまらず、院内の一員として様々な活動に参与できた点で、本研究はおおむね順調に進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
研究実績の概要に示したような、ジャック・ラカンの思想を踏襲したラ・ボルドクリニックにおける治療的布置、およびに症例を扱う上での倫理的な側面に最大限の注意を払いながら、引き続き在外研究を充実させていく。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの影響で、研究初年度に予定していた在外研究を研究第二年度以降に延期したことで生じた次年度使用額である。なお研究第二年度に引き続き、研究第三年度も在外研究を遂行中であり、次年度使用額は主にこの在外研究に要する費用に使用する計画である。
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