2020 Fiscal Year Research-status Report
寄生虫症と地域社会をめぐる医療社会史:20世紀前半の日本と植民地期の台湾
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20K12906
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Research Institution | Senshu University |
Principal Investigator |
井上 弘樹 専修大学, 経済学研究科, 特別研究員 (40868527)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 寄生虫病予防法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、20世紀前半の日本と植民地期台湾における寄生虫症の蔓延と対策に焦点を当て、地域社会の様子や帝国統治を立体的・多層的に把握することを目指している。そのためには、制度・政策と地域の特徴(自然環境、医療、衛生、教育、社会の組織化、習慣など)を分析する必要がある。また、日本と台湾の複数地域を比較して、地域、帝国、権力構造など、多層的な視点から地域社会を論じることも求められる。 初年度(2020年度)は、寄生虫症対策の制度面を明らかにするために、1931年に公布された寄生虫病予防法の成立過程を分析した。(1)同法制定の過程は、主に帝国議会の議事速記録を分析した。同法は、内務省衛生局が全国の寄生虫の予防を目的に制定を目指したもので、他国には見られない法律とされた同法は、回虫・十二指腸虫(鉤虫)・日本住血吸虫・肝臓ジストマ(肝吸虫)の4種類を対象とした。その理由は、予防の必要性が高く、予防方法が判明しているというものであり、その名の通り予防に主眼を置いていた。議論の過程では、予算不足が厳しく指摘された。また、同法には衛生法規としては珍しいとされた個人に対する補助規定があったが、これは従来の道府県が行っていた個人に対する補助という仕組みを取り入れたものであったように、地方で先行していた対策を国が取り入れた部分もあった。(2)当時の医学・公衆衛生関係の雑誌には、同法制定に関わった官僚や寄生虫学者たちの同法への批評が掲載されている。それらからは、寄生虫症対策をめぐる見解の違い(例えば、住民参加を求める際に、強制性を重視するか自発性を重視するか)などを確認することができた。(3)後年自治体が編纂・刊行した文献などには、地域レベルでの寄生虫症対策の取り組みが書かれており、法案提出者・政策立案者が意図していたことと地方の実情との共通性や地域独自の困難などを知ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
COVID-19流行のため首都圏から離れて調査することが困難だった中で、国立国会図書館やインターネットなどを使ってできる限りの調査をした。結果として、当初の目標であった寄生虫病予防法の成立過程を把握できた。また、当時の医学・衛生関連の論文を分析して、同法とそれに基づく対策をめぐって各専門家が注目したポイントの一致・不一致を確認できたことにより、同法や寄生虫症対策を多面的にとらえる視座を得た。 行政や寄生虫学者側には地域住民の結びつきを利用する意図が明白で、そうした対策活動に応じることのできる結びつきが社会に存在していることを前提に議論が行われていた。寄生虫病予防法や同法に基づいて警視庁が出した指示などにも、市町村や住民組織などを主体的に寄生虫症対策に当たらせる意思が示されていた。今後、こうした視点や資料を、地域社会の視点からの資料と突き合わせて分析することができれば、本研究の中心的課題である地域社会への多面的理解を深めることが期待できる。 このほか、報告者が共同運営している感染症アーカイブズのホームページでの研究情報の発信を継続しており、ワークショップなども開催した。この活動に関する論文も発表した。
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Strategy for Future Research Activity |
寄生虫病予防法や対策の結果(成果、限界、課題など)を政治・経済・社会・文化などの構造・メカニズムの中で議論する必要がある。そこで、日本の地域社会に着目して、地域社会の視点から寄生虫病予防法や寄生虫症対策を位置づける。同法の特徴の一つに市町村の住民集団の役割を重視していたことがあり、地方長官も施行細則などを定めるなど、寄生虫症対策をめぐる地域の役割と活動が重要だったと推察できる。 具体的な研究項目は、寄生虫症が蔓延していた理由に加え、同法施行や対策に伴い現場の人々がどのような役割を果たしたのか、そして、現地住民の反応や対策の限界は何だったのかなどである。分析する資料としては、本研究が対象とする時期に発行された医学系の雑誌や後年地方自治体が編纂・刊行した資料集がある。また、COVID-19蔓延のため年度前半は出張を伴う調査が困難と想定されるので、首都圏の公文書館を中心に調査し、状況次第で寄生虫病予防法の対象だった日本住血吸虫症や肝臓ジストマ(肝吸虫)の流行地(山梨県や広島県など)の図書館や公文書館で調査をする。その成果は研究会などで報告する。
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Causes of Carryover |
COVID-19蔓延により、出張を伴う調査ができなかったため。 現在世界各地で行われているCOVID-19対策は、集団の健康を守るために個人の自由や権利をなぜ・どの程度制約できるかという公衆衛生倫理に関わる課題を突き付けている。本研究はこうした課題に通じる歴史的事例を提示することができると考えている。そこで、今年度(2021年度)の助成金は、医療社会史や寄生虫学に関連するものに加え、公衆衛生倫理や疫学に関連する図書の購入や文献複写などの経費として使用する。また、研究成果を報告する学会参加費として使用する。他方、今年度の前半も出張を伴う調査は難しいと予想される。もし感染症の流行状況が改善すれば、山梨県や広島県などで調査を行うための経費としても使用する。
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Research Products
(4 results)