2020 Fiscal Year Research-status Report
ジェイムズ・ジョイスと〈苦痛の鞭を打つ者〉―文学における痛みの文化史的考察
Project/Area Number |
20K12965
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Research Institution | Nippon Institute of Technology |
Principal Investigator |
南谷 奉良 日本工業大学, 共通教育学群, 講師 (80826727)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | アイルランド / ジェイムズ・ジョイス / 文化史 / 痛み論 / 鞭打ちと体罰 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は痛む者の主観的な情動的体験や愁訴の声を積極的に取り込む21世紀の人文学における「痛み論」の興隆を学術的背景に、アイルランド の作家ジェイムズ・ジョイス(1882-1941)の描く「痛み」に注目するものである。初年度にあたる2020年度は、ジョイスと鞭打ち、痛み論、感情史に関連する文献収集および海外新聞・雑誌のアーカイヴ調査を行い、その成果の一部を日本ジェイムズ・ジョイス協会第32回研究大会で発表した。『ダブリナーズ』(Dubliners)の中の短篇「遭遇」("An Encounter")に登場する老人の鞭打ちへの偏愛は伝統的に英国社会の中で容認・指示されてきた躾や体罰の慣習に下支えされたものであり、個人の嗜癖というよりは当時の教育学的言説をなぞった「痛みの文化」にもとづいていること、鞭を打たれた者が鞭を打つ者へ転じる力学と暴力の反復的性格を論証した。子供が打擲されるシーンを含む短篇「複写」("Counterparts")でも痛みの問題が現れるが、どちらの作品でも"round and round"という運動性の下に暴力の循環的な再生産が問題化されている。上記をまとめた論文は同協会の論文誌Joycean Japanの査読に通過し、同誌に掲載されることになった。また、代表を務めている痛みの研究会では、痛みの表現不可能性に言及した文学作品に焦点を当てた研究発表を行い、同様のテーマにおいて九州大学の高野泰志氏に講演を依頼し、痛みに対する感受性と麻酔の発明の関連、近年の情動論研究に関して新しい知見を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度の研究に必要な文献を一定量収集し、その成果を研究発表・論文化することができた。2022年度に刊行予定の『ユリシーズ』100周年出版記念論集に対しても、本研究の一部が関連している原稿をおおよそ完成させることが出来たため、資料収集と執筆面では順調であった。また、主催している痛みの研究会の公開イベントを複数回実施したことで、専門外の分野からの知見を多く得ることができた。ただし新型コロナウィルス感染拡大の影響によりダブリンでの研究調査が見送りとなり、海外での研究交流と資料収集が十分に満足のいくものではなかったため、総合的に見て「おおむね順調に進展している」と判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウィルス感染拡大の影響により海外出張が引き続き困難であると見込み、2021年度は可能な限りの国内出張と資料収集、研究発表・論文化に注力する。また研究対象を『ダブリナーズ』から『若き日の芸術家の肖像』へと移し、主観的な情動体験としての痛みを描出する問題の解明に向かう。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルス感染状況拡大の影響により国内・海外出張が制限もしくは不可能になったため。2021年度も同様に出張と海外研究者との交流は大きく制限される可能性があるが、可能な範囲内で、国内出張旅費と文献収集費、研究発表・論文化のための費用に充てる予定である。
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Research Products
(2 results)