2021 Fiscal Year Research-status Report
ジェイムズ・ジョイスと〈苦痛の鞭を打つ者〉―文学における痛みの文化史的考察
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20K12965
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Research Institution | Nippon Institute of Technology |
Principal Investigator |
南谷 奉良 日本工業大学, 共通教育学群, 講師 (80826727)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ジェイムズ・ジョイス / アイルランド / 鞭打ち / 動物の痛み / 痛みの文化史 / テキストマイニング |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は『ユリシーズ』に関する二冊の出版100周年記念論文集の分担執筆を行うなかで、うち一つの『ジョイスの挑戦―「ユリシーズ」に嵌る方法』(言叢社, 2022年2月)において、動物の痛みを扱い、特に鞭で打たれる動物の存在とその痛みを前景化する主人公レオポルド・ブルームの眼差しの構成要因と意義を論じた。日本ジェイムズ・ジョイス協会第33回研究大会(6月開催)では、「ジョイスと鞭打つ者―『若き日の芸術家の肖像』におけるパンディバットの痛みと 〈蔦状のシンタックス〉について」と題して口頭発表を行った。同発表では、新たに習得した形態素解析を利用したテキストマイニングの手法を通じて、主人公の内受容感覚を表す形容詞の出現頻度と各章の特徴語を示した上で、特に頻出度の高い"first"という語が「はじめのある状態から変化して、別の状態になる」モチーフであることを突き止めた上で、(1)物語内において変化や周期、渦や螺旋、順序や優先を表現する原型的シンタックスを構成していること、(2)「痛み」は一つの感覚や一つの対象として知覚・表象することはできず、過去と現在、未来を内包する時空間のなかで捉えられるべき経験であることを論じた。本年度はまた、上記の成果公開を通じて日本国内のジョイス研究を推進する活動にも参加・貢献することができた。例えば2022年2月には、若手・中堅研究者を中心として立ち上げた連続オンラインイベント「22 Ulysses-ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』への招待」の発起人の一人となり、『ユリシーズ』およびジョイス研究の裾野をアカデミアの外に広げる学術活動を行った。同イベントは毎回約250人から300人の参加者が集う活気を見せ、日本ジェイムズ・ジョイス協会とアイルランド大使館の正式な後援を得るにまで至った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(1922)が2022年に出版100周年を迎えるにあたり、その前年度から記念論集用の原稿執筆や特別記念企画の準備を行った。これらのプロジェクトへの参加が、複数の業績結果に帰結した。当初の研究実施計画に従って、ジョイスと鞭打ちの原体験を構成している「パンディバット」による打擲を描いた『若き日の芸術家の肖像』(1916)を扱い、主観的な痛みの経験を体罰の歴史と情動の生成の観点から考察した。同主題については、前年度の資料収集を活用すると同時に、名古屋大学を中心とした文系研究者グループによるテキストマイニング研究会で習得した手法を導入して、日本ジェイムズ・ジョイス協会第33回研究大会で口頭発表を行った。100周年記念論集『ジョイスの挑戦―「ユリシーズ」に嵌る方法』(言叢社, 2022年2月)で発表した論文では、最終年度に本来執筆を検討していた『ユリシーズ』と鞭打ちの主題を実施計画に先駆けて公表することができた。 こうした研究成果の一部が、本年度に分担執筆者として携わった『文学とアダプテーションII―ヨーロッパの古典を読む』(春風社, 2021年9月)と『百年目のユリシーズ』(松籟社, 2022年2月)に寄稿した各論文を執筆する上でも有益な貢献を果たしたため、本年度の成果高としては十分に満足のゆくものであった。但し(1)コロナ禍の状況により予定していた海外渡航が叶わなかったこと、(2)それに関連して資料収集と整理が十分ではなく、口頭発表の内容が論文化には至らなかったこと、(3)痛みの文化史に関する研究が依然として不十分であること、(4)代表を務めている痛みの研究会が一時的に休止していることから、「おおむね順調に進展している」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度では、2つの学会発表が決定し、2度にわたる海外渡航を予定している。2022年5月21日に、日本英文学会シンポジア「英文学と仕事」に登壇し、鞭を打たれる荷役動物の仕事とその痛みに関する口頭発表を行い、6月12日には日本ジェイムズ・ジョイス協会で『ユリシーズ』に登場する打擲具と「残酷さ」(cruelty)を主題として口頭発表を行うことが決定している。海外渡航については、6月12日から18日にかけてアイルランド・ダブリン市内の大学で開催されるJames Joyce: Ulysses 1922-2022 XXVIII International James Joyce Symposiumに参加し、最先端の知見を得るとともに、現地交流者との交流を図る。また、夏季休暇中に、特に論文執筆のための資料収集を目的としてダブリン市に渡航・滞在する予定である。 また、2019年6月から本年度にかけてジョイスの若手研究者と連携して隔月開催で行っている読書会「スティーヴンズの読書会-2022年の『ユリシーズ』」及び発起人の一人として携わっている2022年2月から毎月第一・第三金曜日に開催しているオンラインイベント「22 Ulysses-ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』への招待」における運営実績を活かしながら、ジョイスに関する研究の活性化を図る。同時に、一時的に休止している痛みの研究会についても再開を試み、より広範な痛みの文化史に関する研究の展開を視野に入れる予定である。最終年度にあたる2022年度の後半では、ジョイスの3つの主要小説作品『ダブリナーズ』、『若き芸術家の肖像』、『ユリシーズ』における痛みの扱いに関するフェーズ展開に着目しながら、口頭発表の成果をまとめて論文化を行う予定である。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じたのは、主にコロナ禍の状況により(1)海外渡航と現地調査が実施できなかったこと、(2)予定していた研究会が開催できず、旅費や人件費・謝金を使用できなかったためである。2022年度はジョイスの作品『ユリシーズ』が出版100周年を迎えるにあたり、6月12日から18日にかけてアイルランド・ダブリンのTrinity College DublinとUniversity College Dublinの両大学で開催されるシンポジウムと各種イベントに参加予定である。また、夏季休暇には再度ダブリンに渡航し、現地調査を行う予定であり、これらの海外渡航に際して必要になる旅費、消耗品費、物品費、書籍費、調査費、海外研究者との交流に必要な費用を使用する予定である。また(2)に関しては、研究会を実施できる環境を用意した上で、それに関して必要になる旅費、消耗品費、物品費、人件費・謝金に経費を使用する予定である。
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Research Products
(4 results)