2021 Fiscal Year Research-status Report
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20K12978
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
石田 雄樹 神戸大学, 国際文化学研究科, 講師 (70837153)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 18世紀 / フランス文学 / 自伝 / 物語論 / 一人称の語り / 美徳 / レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ / フランス革命 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は18世紀フランスにおける自伝文学を考察するうえで、特に重要と思われるレチフ・ド・ラ・ブルトンヌ作品の分析に集中した。フランスにおいて自伝文学はルソー『告白』(1782-1788)によって確立したと従来はみなされてきたが、実際にはそれ以前にも多数の自伝的作品が存在する。特にレチフは、ルソーの大きな影響下にあるとはいえ、その生涯を通じて独自な自伝文学を探究した作家であり、フランス文学史における自伝の生成過程を考える上では、その検討は不可欠である。 具体的な分析についてだが、第一に、物語論・言語学的分析を行った。当然のことながら、自伝は「私」という一人称によって回顧的に物語られる体裁をとる。しかし、ルジュンヌ、シュピッツァ―、ジュネットなどにより、自伝における「私」は決して単一の視点から物語られるのではなく、多層性を帯びていることが明らかとなった。この点に着目すると、その生涯を自伝文学の探究にささげたレチフの文体は、通時的な観点からは、「私」の語りの多層性の変遷と捉えることが可能になる。レチフの主要作品を年代順に比較した結果、このような仮説が妥当であることが確かめられた。 第二に、社会的・倫理的側面からの分析を行った。18世紀フランスにおいては、小説同様、自伝文学はまだそのジャンルを確立しておらず、社会的評価が低かった。そこで作家たちは自身の作品の有用性をアピールする必要性に迫られたが、そこでしばしば用いられた戦略は、読書が道徳的に有効であると主張することであった。レチフの自伝的ルポルタージュ作品『パリの夜』をこのような観点から検討した結果、レチフは作中、「勤労」と「共同体」という二つの美徳の重要性を主張していることが判明した。レチフの自伝においても、上記の二つの徳が特に重要視されていることが同じくわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
自伝文学を成立させている思想的背景を明らかにするために、18世紀フランスの小説家に課せられた小説の有用性証明の問題を検討した。その結果、レチフ『パリの夜』において、勤労と共同体という二つの徳が自伝的文学執筆のための根拠として提示されていること、またそのような有用性証明がフランス革命の進行により論理的正当性を次第に喪失していく事実を明らかにした。レチフは自伝執筆に固執した作家ではあったが、同時に18世紀の他の思想家と同じく、社会改革にも大きな関心を見せた作家である。だが、自伝的ルポルタージュ文学である『パリの夜』を通時的に分析することにより、レチフの関心が社会改革から自己の人生を文学によって再創造し、幸福という問題を追及する方向に移行していく過程を発見することができた。以上の成果を論文1篇にて報告し、またレチフ学会において発表した。 レチフはその作家キャリアを通じて、常に自伝執筆に関心を寄せた作家ではあるが、そのような関心がどのように生成されたか、またどのような形で作品に現れているのかといった問題は未だ明らかではない。そこで言語学および物語論における「一人称の語り」研究を参考にしたうえで、レチフの主要作品を「語り」の側面から年代順に検討し、自伝的語りがどのような形で生成されたかを検討した。その結果、レチフは当初から一人称の語りにこだわる傾向があったこと、しかし初期作品においては小説の有用性証明のために当時の流行ジャンルであった書簡体小説に精力的に取り組み、自伝的要素が薄いことを明らかにした。しかし、次第にレチフは自伝的小説の執筆に取り組むようになり、またそのような小説が商業的成功をおさめ、レチフの方向性が決定づけられたことを同じく発見した。語りの面では特に一人称の語りの多層性が次第に洗練されていく過程を明らかにした。以上の成果について『語りと主観性』において論考を発表した。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の予定としては第一に、レチフにおける幸福の問題について検討する予定である。というのも、レチフ作品には常に幸福という問題意識があり、レチフが自伝にこだわったのも「想起の幸福」に大きな関心を示していたからであることがピエール・テステュなどによって指摘されている。最晩年の作品『ルヴィ』における「もう一度生きることが本当の人生だ」という言葉に端的に示されているように、レチフにとって自伝とは過去に体験した出来事を文学によって再体験することで幸福を得ようとする試みであったと考えられる。しかし、現在に至るまで、レチフ作品全体を幸福という観点から考察したもの、また幸福を自伝という文学ジャンルの問題と関連付けて論じたものは存在しない。そこで今後は自伝『ムッシュー・ニコラ』、ルポルタージュ文学『パリの夜』、短編小説集『当世女』などを主な検討対象としたうえで、レチフ作品における幸福と自伝の関連性について検討していきたい。 これに加えて、ルソーとレチフの比較分析を行っていく予定である。ルソーは『告白』によって自伝という新しい文学ジャンルをフランスで確立したとみなされており、レチフもその生涯を通じてルソーから大きな影響を受け続けた。両者の自伝、『告白』と『ムッシュー・ニコラ』はさまざまな点で類比が可能であり、例えば、レチフは明らかに『告白』の序文を意識したうえで、『ムッシュー・ニコラ』の序文を執筆している。そこにうかがえるのは、ルソーから強い影響を受けながらも、ルソーとの差別化を図るレチフの姿勢である。これまでの研究では、ルソーとレチフの比較は頻繁になされてきたが、具体的にどのような点でレチフが脱ルソーを試みたかは未だ十分に明らかにされていない。そこで、レチフがどのような点で差別化を試みているかを検討し、このようなレチフの姿勢が自伝というジャンルを多様化させた要因であることを明らかにしたい。
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Causes of Carryover |
海外出張を予定していたが、コロナウイルスの影響により、実施できなかった。海外渡航が可能な状況であれば、これまで行えなかった海外での資料調査、学会参加などを行う予定である。
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Research Products
(5 results)