2021 Fiscal Year Research-status Report
現代ドイツ演劇と難民問題――大劇場における難民の「語り」とカタストロフの表象
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20K12985
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
北岡 志織 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 講師 (60867894)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 現代ドイツ文学・演劇 / 他者表象 / ドキュメンタリー演劇 / 難民 / 公共劇場 / 証言の文学 / カタストロフの表象 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度の主な実績は、①「なぜ難民が舞台に立つのか-「表象不可能性」をめぐる議論からの一考察-」と②「現代ドイツ演劇界の右派との対立に関する一考察-難民問題を起点とする-」の論文2本である。 ①の論文は、2020年度の成果を踏まえた上で、引き続き、現代ドイツ演劇で頻繁に用いられるようになった「難民の語り」と同様に、「出来事の当事者による語り」の演出手法が多用されてきたアウシュヴィッツに関する文学・演劇に着目し、その類似性と差異について考察を進めたものである。今回は、戦後の他のカタストロフのドイツ演劇における表象にも注目し、各々の出来事の差異についての考察とテクスト分析をおこなった結果、アウシュヴィッツを「表象不可能」とする立場の人々によって生み出された表象手法が、その後の時代の別の出来事に対しても転用されていることを見出した。このようにアウシュヴィッツのために特別に生み出された手法の転用は、それを用いる対象となる出来事を「アウシュヴィッツ的」なものとみなそうとしていることを示しており、それがまさに現代のドイツ演劇界の難民問題に対するスタンスであると論じた。 ②の論文は、極右政党AfDが昨今行っているドイツの劇場運営への介入について考察したものである。2016年以降、AfDは大衆のための「ドイツ的」な演劇の促進を明確に提唱するようになった。そして現在のドイツの劇場はそのような「ドイツ的」な演劇が十分に実践されていないと主張し、助成金削減や芸術監督の変更、上演プランの見直しを求め、政治的攻撃を加えるようになった。本論文では、AfDがこのような文化政策に至った一因を、2014年のハンブルクにおける劇場の難民関与とそれに端を発する右派とドイツ演劇界の対立関係の中に見出し、その対立関係の変化を、AfDによる文化政策と、AfDや右派批判を含んだ演劇作品の分析の考察から論じた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度と同様に、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、当初予定していた現地調査を断念せざるを得なかった。そのため、引き続き日本で取り寄せることが可能な難民演劇関連の映像資料とテクスト資料の分析と考察を中心に研究を進めた。これにより、当初3年目に行う予定であったアウシュヴィッツ文学・演劇の文献研究を前倒ししてさらに進めることになった上に、9.11など、アウシュヴィッツ以降のカタストロフのドイツ文学・演劇における表象についても考察を進めることができた。また、最終年度に行う予定であった難民問題と政治・社会の連関についての研究も一定の進捗を得ることができた。そのため、研究そのものは着実に進展していると判断できる。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度は、2021年度の研究成果を踏まえ、カタストロフと「当事者が語る」演劇の関わりについての研究をさらに進める予定である。カリン・バイアー演出『夢の船』(ハンブルク・ドイツ劇場2015年12月初演)では、これまで考察してきたシュテーマン演出の『庇護に委ねられた者たち』と同じく、白人の俳優と有色人種の難民が登場するが、この演出における難民の表象は、これまでの「難民が語る」演劇のそれとは大きく異なるものであると考えられるため、上演分析やドキュメンタリー演劇史から詳しく考察する。2022年4月には阪神ドイツ文学会で『夢の船』の分析についてすでに概要を報告済みである。また6月には、難民と人種表象の問題について、国際シンポジウムで報告予定である。これらの研究については、学会・シンポジウム参加者からのコメントを参考にさらに研究を深めた上で、今年度中に論文として発表する予定である。また、コロナ感染症などの社会状況を注視しつつ、可能な限りでドイツからの資料の取り寄せと現地調査を行い、現在中断している現地での最新の難民演劇に関する研究も進めていきたい。
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Causes of Carryover |
2020年度と同様に2021年度も新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、当初計画していた現地劇場でのフィールドワークや資料収集、現地での研究者や演劇関係者との打ち合わせや研究報告を実施することができず、次年度使用額が発生することとなった。 難民問題とそれが劇場に今日まで与えている影響とそれによる変化を調査の対象とする本研究の遂行のためには、現地での長期間のフィールドワークと資料収集、そして劇場関係者や難民のパフォーマーへの聞き取り調査は必須である。一昨年度と昨年度に実施できなかった調査も早急に行う必要があるため、2022年度は夏期(8-9月)と冬期(2-3月)の二度、当初の予定よりも長期間の研究滞在を行い、ドイツ・オーストリア・スイスのドイツ語圏の劇場を対象とするフィールドワークを行い、最新の難民演劇の動向について調査する予定である。
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Research Products
(2 results)