2020 Fiscal Year Research-status Report
抵抗のヒストリオグラフィー:現代ドイツ文学における歴史小説の諸相
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20K12988
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
粂田 文 慶應義塾大学, 理工学部(日吉), 准教授 (00756736)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ヨーロッパ文学 / 歴史小説 / ヒストリオグラフィー / 記憶 / 30年戦争 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究計画の1年目となる20年度は、現代ドイツ文学における歴史叙述の流れが、扱う時代の風俗や社会を再現する「歴史小説」と、語り手の回想にもとずく「想起の文学」に大きくわかれることを確認した。そして、これら2つのジャンルを特徴づける現代小説を取り上げテキストの語りを分析した。 まず、想起の文学を牽引するマルセル・バイアーの小説『カルテンブルク』を読み直し、フランスのエミール・バンヴェニストやロラン・バルトの中動態やディスクール論を敷衍し、空襲やホロコーストを体験していない世代がそれらの記憶に関与する様を明らかにした。想起の文学を代表するテキストの分析を通して、個人の記憶と集合的記憶のせめぎ合いに注意を促す第三世代(戦争体験者の孫世代)の作家の特徴を浮かび上がらせることができた。研究会(中動態研究会)にてこの研究成果を発表し、発表内容を発展させたものを紀要論文「マルセル・バイア―『カルテンブルク』における想起のディスクール」(上智大学ドイツ文学論集57)としてまとめた。 マルセル・バイアーが現代ドイツの想起の文学をリードする存在だとすると、歴史小説というジャンルに新風を吹き込んでいるのがダニエル・ケールマンである。30年戦争を扱うケールマンの長編小説『ティル』を読み込み、作中の「戦争の歴史を書く」行為を分析した。この研究成果は、研究会(第75回ドイツ現代文学ゼミナール)にて発表され、ポストモダニズムの歴史小説に浮かび上がる「歴史を書くこと」への自己省察的な作者の姿勢を明らかにした。21年度中に当発表の内容を深化させ論文としてまとめたい。 上記の研究成果は、体験していない自国のカタタストロフの記憶をいかに継承して物語るかといった問題に対峙する現代ドイツ文学の潮流を把握するための鍵となるはずだ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
20年度は新型コロナウィルス感染拡大が研究の進捗に大きな影響を及ぼした。予定していたドイツでの文献調査は中止を余儀なくされた。また、様々な緊急対応に追われ、予定していた文献を読むための時間が不足してしまった。
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Strategy for Future Research Activity |
20年度の研究成果を以下のように深化させていく。1)歴史小説における30年戦争の表象を分析する:グリンメルスハウゼン『阿呆物語』、アルフレート・デーブリーン『ヴァレンシュタイン』、ダニエル・ケールマン『ティル』の戦場描写を比較し、バロックからモダニズムを経て現代にいたる戦争表象の流れを確認する。2)20世紀ドイツのカタストロフの記憶を継承する「アフターイメージ」について考察する。具体的には、第三世代のマルセル・バイアーと戦争体験世代のクリスタ・ヴォルフの回想小説における語りを分析し、双方がドイツの過去をどのように認識し言語化しているのかを確認する。テキストの精読を通して、想起の文学を書く作家たちの世代間の断絶やつながりを明らかにしたい。
*1)、2)ともに21年度内に研究成果を研究会や学会で発表し、論文としてまとめる予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルス感染拡大の影響で文献調査を予定していたドイツに渡航することができなかった。渡航が許可されれば、研究資料の収集と調査のためにドイツ出張を計画している。
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