2022 Fiscal Year Research-status Report
武家社会の相続と特質の探究 ―「処分状」による公家・寺院社会との比較研究―
Project/Area Number |
20K13174
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
巽 昌子 東京都立大学, 人文科学研究科, 助教 (90829326)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 武家社会 / 公家社会 / 寺院社会 / 相続 / 比較 / 処分状 / 付法状 / 継承 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は武家社会における相続に検討を加え、武士の発生や展開の背景、およびその社会の特質を追究することにある。はじめに武家社会の相続の在り方を考察し、武士が「武家」という独自のコミュニティを形成し展開する過程を詳らかにする。続いて武家と公家・寺院との関係性、さらには互いに及ぼし合った影響について探る。相続を軸にした武家・公家・寺院社会の特質の比較・検討を通し、武家社会の独自性を解明する。 研究三年目となる令和四年度は、平安時代末期から南北朝時代を中心とした武家の事例に焦点を当てて、「処分状」や「譲状」にみられる相続の在り方の変化について考察し、そこで得られた成果を基に、寺院社会の相続の際に用いられる「付法状」との比較を進展させた。 加えて昨年度から引き続き、武家社会の「処分状」にもみられる花押やハンコに着目することによって、相続をはじめとする武家社会の継承の在り方を探った。それらの検討を通して、武士が自身のイエや主従関係といった人間同士の関係性・結びつきを、花押やハンコといった目に見えるかたちで対外的に示そうとした動きが明らかになった。それらの成果は、論文「コロナ禍で見つめなおす「ハンコ社会」 ─ハンコと花押の歴史に着目して─ 」として編著書『コロナ禍で考えた「継承」 ─デジタル化?デジタルか?─ 』(雄山閣、2023年3月)に掲載したほか、令和4年度 日本学術振興会育志賞研究発表会(2023年3月、ウェブ会議にて開催)において、学会報告「ハンコと花押にみる文書の保証方法の変遷」として公表した。こうして研究期間最終年度となる次年度に向けて、武家社会と公家・寺院社会との比較、および武家社会の特質の解明に結び付ける研究成果を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
研究期間一年目・二年目は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて急遽研究計画を変更し、他分野の研究者との比較研究を活かしながら、日本中世における武家社会の特質の探究に取り組んだ。 今年度は武家社会の相続について、「処分状」や「譲状」に焦点を当てて考察するという当初の計画に則した研究を進めるとともに、前年度までに得られた研究成果を編著書や学会報告にて公表した。前年度までに行った花押やハンコの歴史に関する研究は、当初は計画していないものであったが、結果として本研究の深化に資する成果を得ることとなった。 花押やハンコは、権利の保証を目的とする「処分状」などの文書に不可欠なものであり、日本社会では古代以来、公家・武家・寺院社会全てにおいて長きに亙り用いられてきた。そのため、武家社会が誕生し展開していく過程をたどる上で、さらには公家・寺院社会との比較を行う上でも、両者の歴史に着目することは意義のあるものと捉えられる。そこで今年度は中世社会に留まらず、古代から現代社会に至るまでの日本の花押とハンコの歴史を俯瞰し、文書を用いることや、文書を保証することの意味自体についても検討を加えた。また通史としての研究を経て、中世における武家社会の特質を新たな角度から再考することが可能となった。そしてこれらの研究から得られた成果を、武家社会の相続およびその特質の追究に反映させることによって、文書の観点から武家社会と公家・寺院社会とを比較し、それぞれの社会の独自性・特質の鮮明化を試みる本研究の検討の幅が大きく広がることが見込まれる。 以上のように、当初の計画に則った研究と、新型コロナウイルス感染症の影響によって急遽立ち上げた研究の双方向から、相続および社会の特質に関する武家社会と公家・寺院社会との比較・検討を進めることができているため、研究計画は当初の計画以上に進展していると判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は、はじめに武家社会における相続の在り方の変化について、「処分状」・「譲状」を基に考察し、寺院社会の相続の際に用いられる独自の文書である「付法状」との比較を進展させた。次に、武家社会の「処分状」にもみられる花押やハンコに注目することにより、相続をはじめとする武家社会の継承の在り方に検討を加えた。 次年度はまず、「処分状」・「譲状」と「付法状」との比較・検討を一層進める。武家社会と公家・寺院社会とにおいて相続時に用いられた文書を比較することによって、それぞれの社会の相続の在り方、イエの成立に関する共通点・相違点を鮮明化させる。具体的には諸子分割相続から嫡子単独相続へと、相続形態が移行する時期の相続に焦点を当て、武家と公家の「処分状」について考察を加える。また、醍醐寺の事例を中心に寺院社会で用いられた「付法状」の役割を見直し、「処分状」と比較することによって、武家社会における相続の独自性を探る。こうして得られた研究成果は、論文等にまとめて公表する。 続いて今年度発表した論文「コロナ禍で見つめなおす「ハンコ社会」 ─ハンコと花押の歴史に着目して─ 」(巽 昌子編著『コロナ禍で考えた「継承」 ─デジタル化?デジタルか?─ 』雄山閣、2023年3月)と学会報告「ハンコと花押にみる文書の保証方法の変遷」(令和4年度 日本学術振興会育志賞研究発表会、2023年3月、ウェブ会議にて開催)の研究を進展させ、武家社会の花押やハンコを基にした、イエや主従関係の在り方を追究する。発生初期の武士の相続に関する検討と併せて、武士の発生や展開の背景を考察するとともに、武士が武家という独自のコミュニティを形成する過程を明らかにすることを目指す。
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Causes of Carryover |
令和二年度・三年度の二年間、新型コロナウイルス感染症の影響により当初計画していた史料収集が行えず、旅費・人件費を使用できなかったことから助成金の繰り越し額が生じていた。この前年度からの繰り越し額に加え、今年度も前半は研究活動に制約がかかったことから、再び次年度使用額が生じた。今年度後半からは史料収集活動を再開できたため、次年度は繰り越した助成金を活用して、実施を延期していた研究活動に取り組んでいく。
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