2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
20K13194
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
岩田 啓介 筑波大学, 人文社会系, 助教 (60779536)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 清朝 / アムド / 青海 / チベット / 交通路 / 乾隆帝 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、18世紀後半から19世紀前半を対象として、漢地・チベット・モンゴル・東トルキスタンの接壌地帯に位置するアムド地方における近世チベット社会の形成過程を、清朝の政策と現地社会の動向との相互関係に基づき分析するものである。本年度は、以上の問題の解明に向けた基礎的な作業として、以下の通り交通路や儀礼的・文化的な枠組みに関する研究成果を挙げた。 まず、18世紀前半に始まる清朝のアムド地方支配において、中央チベットとアムド地方を結ぶ交通路には複数のルートがあり、そのルート利用に変化が生じた事実を確認した。そして、そこで明らかになった複数の交通路の自然環境を背景とした特徴を整理するとともに、清朝支配による現地の社会情勢の変化が、交通路利用の変化をもたらしたことを明らかにし、「清代チベット・青海間交通路再考」と題して、第56回社会文化史学会大会にて口頭発表を実施した。 また、アムド地方の交通路を経由してモンゴル遊牧勢力が中央チベットに使節を派遣して実施した、「熬茶」と呼ばれるチベット仏教に基づく儀礼的行為の基礎的な枠組みを整理し、「「熬茶」と中央ユーラシアの仏教世界」(岩尾一史・池田巧編『チベットの歴史と社会(上)』臨川書店、2021年3月)と題するコラムを公表した。 次に、18世紀中葉にアムド地方と隣接するカム地方(東チベット)で起きた、いわゆる金川戦争を対象として、現地チベット社会の習俗として「呪い」を清朝の乾隆帝がどのように認識していたのかを確認した。そして、乾隆帝がチベット社会の在来の文化を排除せずに受容していた事実を指摘し、「チベットの呪いと乾隆帝」と題して『チベット文学と映画制作の現在SERNYA』7号に公表した。 以上により、次年度以降の研究の主眼となる近世チベット社会の形成過程と、それに対する清朝の影響を理解するための、基礎的な情報を整理することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、当初の予定では、18世紀後半の清朝のアムド支配に関する政策過程を記した档案(公文書)の調査・収集を進め、それに併せて清朝のアムド政策史の通時的な解明を進める計画であった。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で、当初予定していた中国第一歴史档案館(中国・北京)における史料調査を断念せざるを得なくなった。 この状況を踏まえ、代替策として既に刊行されている清朝の公文書史料と、故宮国立博物院図書文献館(台北)がオンライン公開している史料を用いることで、断片的ながらも清朝の政策史の復元を進めた。その作業と並行して、清朝の政策史を把握する上で基礎となる以下の3点についての研究を進めた。(1)18世紀後半から19世紀前半のアムド地方を取りまく内陸アジア情勢の基本的な枠組みについて。(2)アムド地方を経由する青海・チベット間の複数の交通路の特徴とその変化について。(3)チベット社会に固有の文化的要素の清朝における受容の様態について。以上の諸点は、次年度以降に進める予定となっている、清朝のアムド・チベット社会への政策史とその変容過程に関する研究を進めるうえで、基礎となる要素である。なかでも、清朝支配によるアムド・チベット社会の変化が、青海・チベット間の交通路に影響を与えていたことを解明しつつあることは、18世紀後半から19世紀前半のチベット社会全体の状況を理解する上で重要な成果である。 以上のように、本年度は当初の予定通りの研究手法により研究を進めることこそできなかったものの、それに代わる方策を用いることで、次年度以降の研究の基礎となる諸事実の解明や、基本的な枠組みの整理が進んだことから、おおむね順調に進展しているとみなされる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後も新型コロナウイルス感染症の影響から、国外での史料調査を実施することが困難な状況は長期間にわたって継続すると予想される。そのため、中国第一歴史档案館や故宮博物院等での史料調査・収集といった、当初予定していた国外調査に過度に依存することなく、代替する手段により研究を推進していく必要がある。 そこで、前年度と同様に、『乾隆朝満文寄信档訳編』や『嘉慶道光両朝上諭档』等の既に刊行されている清朝の档案史料の精読を進める。また、代表者が過去に調査・収集した「軍機処満文録副奏摺」や「満文朱批奏摺」等の史料を、細部にわたり徹底的に活用することが重要になる。さらに、近世のアムド・チベット社会の状況を把握するために、特に近代史に関わる内容については、外国人がチベットへ向かった際の記録を調査・収集する。それにより、清朝史料では見出すことのできない現地の社会の実態について、考察を深める。 以上の方法により研究を進め、まず前年度の研究で解明しつつある青海・チベット間の交通路に関して、論文として成果を公表することを予定している。さらに、清朝のアムド支配にともなって、中央チベットにおけるモンゴルの王権が消滅したとされる点について、特に軍事構成に着目して再検討を行ない、モンゴル支配期の影響が実際の軍事構成にどのように残存していたのかを検証し、論文として公表するための作業を進める。
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Causes of Carryover |
本年度は、当初予定していた中国第一歴史档案館(中国・北京)における史料調査を実施できないか、年度末まで可能性を探っていたものの、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で断念せざるを得なくなった。そのため、当初想定していた「旅費」として使用できず、次年度使用額が生じた。 次年度も、国外調査旅費としての支出が困難な状況は継続すると予想されるが、新たに刊行される清朝史料に関する情報を得ており、それらの史料の購入に充当するとともに、研究成果公表にかかる英文校閲等にも充当することを計画している。
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Research Products
(3 results)