2020 Fiscal Year Research-status Report
ニューギニア高地における紛争の感情と「実存の時間」に関する人類学的研究
Project/Area Number |
20K13285
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Research Institution | University of Hyogo |
Principal Investigator |
深川 宏樹 兵庫県立大学, 環境人間学部, 准教授 (00821927)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 文化人類学 / 紛争 / 感情 / 身体 / 社会性 / 言語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、これまで申請者が、パプアニューギニアで研究してきた紛争の処理と感情の動態という枠組みを、新たに過去・現在・未来にわたる「伝記的な生」に光を当てる「実存の時間の人類学」的アプローチへと展開し、紛争とその処理の文脈で発せられる感情的な言葉や、親しい者との葛藤を抱えた者が苦悩とともに残す「死に際の言葉」が、周囲の人々の現在に影響し、未来にわたって持続する効果をもつに至る社会的機制を解明し、独自の身体-感情言語論として理論化することにある。 本研究では、上記の研究目的を達成するために、主に2020年度は、パプアニューギニア高地エンガ州を対象に、当該地域で社会的に最も注目される「死に際の言葉」を取り上げ、その言葉が残された者たちの現在と未来をいかに規定するに至るのかに関して、感情や言葉の民俗理論、身体観等との関連から、文献調査と理論研究を行った。 具体的には、「死に際の言葉」の事例は、現地の「心臓」概念モナ(mona)の論理に基づく。この論理によれば、モナは思考や感情が宿る座であり、怒りや悲しみといったモナの感情変容は、身体の状態変容に直結する。そればかりか、ある人Aの感情は、その人と血を共有する親族Bの身体にも直接的に作用を及ぼす。「死に際の言葉」の事例では、苦痛に満ちた叫びや言葉それ自体が、発話者の身体の代理となって、その言葉が向けられた者に物理的な作用を及ぼす。こうした事例を、エンガ州に特異な感情の民俗理論や言語観・身体観から、身体境界を越えて社会空間に分配された「諸身体(諸心臓)」の問題として精査し、そこでいかに身体・情動と言語が密に結びつき、言葉がエージェンシーを発揮するに至るかを解明した。それによって、単なる言葉が、多大な社会的影響力をもつに至る社会状況とその動態を明らかにし、国内の研究会で口頭発表を行い、学術論文として公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画は、おおむね順調に進展している。2020年度は文献研究と先行研究批判、ならびに理論研究を実施し、現地における紛争・感情・身体・言語の関係とその動態的構成についての資料収集と、その理論モデル化を目標とする、基礎的な理論的枠組みの構築を行うことができた。 また、2020年度は、学術論文1本を公表するとともに、単著の学術書の出版を通して、その成果を発表してきた。そのため、2020年度は研究成果の積極公開を行うとともに、次年度に向けた研究蓄積を着実に実施してきたといえる。 以上の理由から、当該年度は研究が順調に進んだとみなしうる。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、パプアニューギニア高地エンガ州を対象に、当該地域で社会的に最も注目される「死に際の言葉」を取り上げ、その言葉が残された者たちの現在と未来をいかに規定するに至るのかに関して、感情や言葉の民俗理論、身体観等との関連から、文献調査と理論研究を行った。今後の研究の推進方策として、2021年度は、エンガ州の紛争処理の枠組みとその歴史的変遷や、そこでの感情とともに発せられる言葉の意義を、生涯にわたるライフサイクルや、個々人の実存的な「伝記的な生」の時間的深みのもとで解明する。以上をふまえ、紛争に起因する身体-感情言語論と「実存の時間の人類学」に関する一般理論の構築を目指す。
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