2020 Fiscal Year Research-status Report
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20K13307
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
出雲 孝 日本大学, 法学部, 准教授 (90774513)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 法思想史 / 法哲学 / 自然法 / 近世ドイツ / イマニュエル・カント / クリスティアン・トマジウス / 所有 / 占有 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ドイツの哲学者イマニュエル・カント(Immanuel Kant、1724-1804年)が『人倫の形而上学』(Die Metaphysik der Sitten, 1797年)の法論部分において参照した法学文献を実証的に特定し、その参照関係を明らかにすることである。この著作は当時の法学に依拠して執筆されたものであると推測される。しかし、カント自身は参考文献を詳らかにしていない。このため先行研究においては、カントが講義に用いたアッヘンヴァル『自然法』(Jus naturae、第5版、1763年)との比較が主であった。本研究は比較対象を広げて、これまで注目されてこなかった文献にも光をあてる。 当該年度の研究実績として、ドイツの自然法論者クリスティアン・トマジウス(1655-1728年)とアウグスティン・フォン・ライザー(Augustin von Leyser, 1683-1752年)の著作を調査・翻訳した。トマジウスの「ゲルマン私法からみた所有とその自然本性一般について」(De dominio et ejus natura in genere intuitu juris Germanici privati, 1721年)と、ライザーの「先占に関する私人たちの権利について」(De jure privatorum circa occupationem, 1727年)が、アッヘンヴァルの前掲書で参照されている。 詳細な比較は次年度に行う予定であるが、トマジウスの前掲論文との参照関係は当該年度において一部特定できた。本論文は、所有および占有を私法の基礎におくという、当時としては画期的なアイデアを公表したものである。カントの私法理論が占有から始まっていることも、この一潮流として理解可能である。この知見は『人倫の形而上学』に対する学際研究の糸口になることが期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度の研究計画においては、トマジウスおよびライザーの文献調査および翻訳を行う予定になっており、これを終えた。文献の読解が中心であったため、新型コロナウイルスの感染拡大による影響は、それほど大きくなかった。ただし、国内外への移動が制限されていたことから、研究成果の公表については若干の支障があった。 トマジウスの翻訳については、出雲孝「翻訳 ゲルマン私法からみた物の差異について」日本法学86巻2・3合併号226-192頁(日本大学法学部、2020年12月)および同「翻訳 ゲルマン私法からみた所有とその自然本性一般について」日本法学86巻4号112-82頁(同上、2021年3月)にて成果を公開した。また、日本法哲学会において「近世自然法論における所有の幾何モデルと推論モデル:幾何学的直観が所有において果たす役割とその限界の再検討」(オンライン開催、2020年11月21日)と題する発表をおこない、トマジウスの所有権論について研究内容を公表した。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度の研究計画に沿って、カントが参照した法学文献の具体的な箇所を明らかにする予定である。従来、カントに対する法学者の影響を考察するにあたっては、両者の思想が類似していることをもってこれを認定していた。しかし、両者が当時の通説を述べているだけであるか、あるいはカントが他の法学者から着想を得た可能性を排除できないという問題が、この比較方法にはあった。そこで本研究においては、当時の通説の特定によって前者の可能性の有無を、カントの蔵書を広く比較することによって後者の可能性の有無を追加検証する。 まずトマジウスの前掲論文について、カントが法論に盛り込んだと考えられる箇所を特定する。現時点において研究代表者は、私法体系の配列に関してカントがトマジウスから影響を受けたという仮説を立てている。とりわけ、物権法が債権法および家族法に先行すること、家族法が社会法ではなく私法であるとされていることの2点は、トマジウスの影響であると推測される。現在はこの仮説の検証に着手しており、2021年8月までにこれを終える予定である。 次にライザーの論文について、領土に対する君主の支配権と私人の不動産先占とが両立するという立論に着目する。カントは公法の部において、統治者は国土に対する所有権を持たないと主張しており、この点がライザーの理論と一致している。しかし、統治者の領土に対する権限は、他の法学者たちによっても論じられていたと考えられるので、カントがライザーの論文から実際に影響を受けていたのか否かを、2022年3月までに検証する。 以上の作業はいずれも文献読解を中心としており、目下の新型コロナウイルスの感染拡大からは、大きな影響を受けない予定である。しかし、学外での発表機会が制限されるなどの支障は予想される。将来的な発表の場も視野に入れながら、継続的な公開に努める予定である。
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Causes of Carryover |
当該年度は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、学会等がすべてオンライン開催となったため、旅費の使用ができなかった。当該未使用額については、費目の変更を前提に次年度の物品費にあてる予定である。本研究の計画時には出版予定が公表されていなかった関連書籍もあり、研究テーマの枠内で購入すべきものは十分にある。 また当該年度の物品費に関しても、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、出版予定が延期になった書籍が生じたこと、学会発表を前提に計上していた物品の購入が不要になったことから、未使用額が生じた。これについては費目をそのままにし、次年度に出版が延期された書籍等の購入に使用する予定である。
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