2020 Fiscal Year Research-status Report
Economic analysis of the effect of D&O insurance in Japan on firm value
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20K13523
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Research Institution | Kumamoto Gakuen University |
Principal Investigator |
熊谷 啓希 熊本学園大学, 経済学部, 准教授 (50801643)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | D&O保険 / 法と経済学 / ホールドアップ問題 / モラルハザード / 会社法 |
Outline of Annual Research Achievements |
多くの企業において取締役会がD&O保険の契約内容を決定することを考慮し、プリンシパルエージェントモデルを用いて取締役会がCEOに事故の予防業務を委託するモデルを構築し分析を進めた。このとき、CEOは二種類の予防努力をし、それぞれの努力の性質の違いによって起こる経済学的問題が異なる点をモデル化した。 一つめの努力は、プロジェクトを実行する前に行う「事前の予防努力」である。例えば、原子力発電所の運営であれば、将来の天災のリスク予測やそれに備えた発電所の構造設計、事故が発生しても周辺への放射線の拡散を防ぐ予防装置の研究開発などがこの事前投資にあたる。この事前投資は契約に書くことができず不完備契約となるとする。したがって、事前投資にホールドアップ問題が生じる可能性がある。二つめの努力は、プロジェクトの実行後に行う「事後の予防努力」である。例えば、事故が起きる恐れのある現場に重点的に人員を配置したり、機器の点検や整備といったモニタリング制度を拡充することなどがこの事後の努力にあたる。この努力についてはインセンティブ契約を書くことができるとし、モラルハザードが生じる可能性がある。 得られている結果の一つは以下である。予防努力費用が十分小さく、損害賠償額が十分大きい業種に勤めるCEOは、事後の予防努力インセンティブを強くもっている。このとき、CEOに対して事後努力の誘因付けのための正の情報レントは必要ないが、CEOからすれば予め環境を改善したとしてもプラスの報酬が得られるわけではないので、事前の投資のインセンティブはなくなる。すなわち、ホールドアップ問題が生じてしまう。この問題はD&O保険の補償割合がある程度高いときに解消され、CEOに事前の投資インセンティブを与えられることが明らかとなっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度に目標としていた、関連書籍による海外でのD&O保険の運用方法の調査が進み、それを踏まえたゲーム理論を用いてのモデルの定式化および分析は順調に進んでいる。特に、企業にとって保険の補償割合の上昇が予防努力についてモラルハザードを生じさせ情報レントが高まるという問題はあるが、それが事前の投資のインセンティブとなりホールドアップ問題を解消しうるというトレードオフを明らかにすることができた。 しかし、モデル分析においてはD&O保険の補償割合が企業価値に与える影響の数値シミュレーションまでは間に合わなかった。また、新型コロナウイルスの影響により、年度末開催の学会での報告に至らなかった。報告でのフィードバックが依然として得られていないため国際誌への投稿プロセスに課題を残している。
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Strategy for Future Research Activity |
現在おこなっている「D&O保険がCEOの事故予防努力インセンティブに与える影響」の分析をさらに精緻化していく。「研究実績の概要」でも述べたように、CEOが強い事後の予防努力インセンティブを持つ場合、D&O保険の補償割合が小さいと事前の投資水準が著しく小さくなるという問題が生じる(ホールドアップ問題)。このときD&O保険の補償割合の上昇は、事前の投資水準を高める効果を持つが、事後の段階ではモラルハザードを生じさせるため、情報レントが高まり企業の目的関数を悪化させる可能性がある。このようなトレードオフのもとで補償割合をどの水準にするのが最適か、について数値シミュレーションを通して答える必要がある。 また、当初の計画どおり、「保険会社によるモニタリング」の要素をいれたモデル拡張を考える。これは保険会社による企業のモニタリング仮説を考慮したものであるが、現実に行われていないという指摘もあるため、引き続き海外の事例研究を中心に文献の検討を進める。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの影響により出席および報告予定であった学会への旅費が計上されなかった。本研究では研究報告により得られた知見を反映したうえでの国際誌への投稿を目標としている。学会への参加がかなわないことにより、英文校正費、論文抜き刷り費、研究成果投稿費等も計上されていない。 使用計画について、令和3年度の学会の開催状況に注視しつつ、国内の学会および国際学会の報告機会を増やすとともに、英文校正費をはじめとする研究成果発表のための費用として用いていく。
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