2021 Fiscal Year Research-status Report
Economic analysis of the effect of D&O insurance in Japan on firm value
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20K13523
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Research Institution | Kumamoto Gakuen University |
Principal Investigator |
熊谷 啓希 熊本学園大学, 経済学部, 准教授 (50801643)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | D&O保険 / 法と経済学 / ホールドアップ問題 / モラルハザード / 会社法 |
Outline of Annual Research Achievements |
会社役員は、株主からの株主代表訴訟だけでなく、近年では取引先や競合企業からの不法行為を問われる訴訟、および自社で働く従業員からの職業上の差別や不当解雇、ハラスメント問題、そして過労死問題等に関する訴訟リスクも抱えている。D&O保険は、このようないわゆる「第三者訴訟」に備えるという役割をもっている。企業としてこれらの訴訟リスクに備え取締役の就任環境を整える必要がある。 上記に挙げた第三者訴訟のうち、たとえば従業員の過労死問題にかかる訴訟では、取締役は従業員の労働環境を適切に保たなければならないという善管注意義務が問われるケースがある。すなわち、従業員の労働時間を適切に把握する体制を整えることや、長時間労働を是正するような給与体系を設計することなどである。 D&O保険には性質上、このような努力義務を怠るモラルハザードを引き起こす可能性がある。訴訟が生じれば、風評被害や消費者の不買運動等を引き起こしかねず企業に対しても甚大な損失を生むだろう。さらに、社会的にも労働環境を整備することが企業に要請されており、社会厚生上の観点からもD&O保険の存在により過小努力を招くおそれがある。 この研究では、D&O保険と第三者訴訟の関係に着目し、D&O保険が取締役の労働環境を整備する努力インセンティブに与える影響および、それを経由して企業価値に及ぼす影響を理論的に分析する。株主(プリンシパル)と取締役(エージェント)によるプリンシパルエージェントモデルを考え、D&O保険の補償割合の大きさと取締役の努力水準の関係を明らかにしている。分析の結果、直観に反してある条件のもとでは、D&O保険に加入することによって、取締役はより労働環境を整備するよう努力するようになることを示した。これはD&O保険の加入率を政策として高めることによって、社会的費用を最小にするファーストベストの投資水準に近づけることができうることを示唆する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
前年度の今後の研究の推進方策で記述したように、D&O保険が環境事故を防止するなどの事前の投資インセンティブに与える影響のモデルを精緻化することができた。具体的には前年度に構築したD&O保険のモデルでは、以下の3点の問題点が指摘されていた。(1)環境事故に関する訴訟はD&O保険の補償の対象外である可能性があること、(2)環境損害は取締役の責任を追及するより先に、ディープポケットである会社を対象とした訴訟が中心に論じられる必要があること、(3)D&O保険に着目する場合、第三者訴訟の事例にモデルを修正する方が当てはまりがよいこと、である。この3点を修正し、本研究で扱うD&O保険の役割として、環境事故ではなく第三者訴訟の予防努力インセンティブへの影響に着目し、モデルを精緻化することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
【現在までの進捗状況】で述べたように、D&O保険が取締役の事前投資に与える影響を通じて企業価値に与える影響を明らかにするモデルが提示できた。ただし、現在までにD&O保険と事前投資インセンティブとの関係を説明し命題として導いているが、企業価値に与える影響は分かっていない。 具体的には、補償割合を大きくすることは訴訟リスクの負担を軽減してしまうため、事後的な経営努力インセンティブを弱めることになる。このとき企業側は経営努力インセンティブを誘因づけるために多くの情報レントを支払う必要があるが、この高い情報レントが事前の投資インセンティブを高める役割を持っている。すなわち、D&O保険の補償割合の増加は、事前投資インセンティブを高める可能性がある一方で、情報レントの上昇を通じて企業価値を圧迫しているおそれがあり、その大小関係は必ずしも明確ではない。この課題については昨年同様、数値シミュレーションを用いて結果を導出する。 また、モデル分析の結果を受けて、実証分析を用いてその整合性、妥当性を同時に検証していく。実際に、コーポレートガバナンスの実証分析が専門の南 ホチョル氏(北星学園大学)と分析に必要なデータ収集および手法を打ち合わせている。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの影響により出席および報告予定であった学会の旅費が計上されなかった。令和4年度学会開催の状況を注視しつつ、国内および国際学会への報告機会を増やす計画である。また、本研究ではモデル分析による理論分析を計量分析により検証することを目的としている。理論分析の段階を途中成果として学会で報告することができたが、最終的には国際誌に投稿し、英文校正費および投稿料として使用する計画である。
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