2020 Fiscal Year Research-status Report
遺伝子編集技術(CRISPR-Cas9)がスポーツ界に与える影響
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20K20652
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Research Institution | Nagoya Gakuin University |
Principal Investigator |
近藤 良享 名古屋学院大学, スポーツ健康学部, 教授 (00153734)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
小田 佳子 金沢大学, GS教育系, 准教授 (30584289)
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Project Period (FY) |
2020-07-30 – 2022-03-31
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Keywords | ドーピング / CRISPR-Cas9 / 遺伝子工学 / エンハンスメント |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、遺伝子工学を革命的に変えようとしている遺伝子編集技術(CRISPR-Cas9)がスポーツにおけるドーピング問題にどのような影響を与えるかを考察することが目的である。 2020年度の課題として、まず、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)が2003年に禁止した「遺伝子治療を応用する方法の禁止」規定を再検討した。そしてその成果を2020年11月の第42回日本体育・スポーツ哲学会大会において、「遺伝子ドーピング問題の幕開け―Banbury会議を手掛かりに」と題して発表した。2003年当時は、スポーツ界におけるドーピング問題を、遺伝子組換え、遺伝子工学、医療関係者らが深刻に受け止めていなかった。選手らの「自己決定権」、「患者の自律」を楯にして、ドーピングに抵触する薬物提供も行っていた。当時は遺伝子組換え技術の安全性に懸念があり、遺伝子治療をドーピングに応用する可能性は低かったが、ドーピング問題に危機感がない医療関係者の状況を踏まえ、防止、抑止のために「遺伝子治療を応用する方法の禁止」をWADAコードに盛り込むことになった。2020年度の研究成果からは、2003年の「遺伝子治療を応用する方法」の禁止規定の制定当時のドーピングをめぐる関係者間の温度差が浮き彫りにされた。 さらに、先行研究のレビューとして、『ゲノム編集の衝撃』、『ドーピングの哲学』『Gene Doping in Sports』、『動き始めた遺伝子編集』等を研究代表者、分担者、他の研究者らと共に検討会を3回実施(10月、12月、3月)した。その二回目には、日本スポーツ法学会第28回大会にオンライン参加し、「2021年世界アンチ・ドーピング規程の主な変更点-2.1項違反を中心として-」をテーマに検討会を実施した。現状におけるドーピング問題の法的対応についての問題共有を図った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2020年度の研究課題は、カナダ、イギリス、アメリカの海外研究協力者らとのネットワークによって、遺伝子編集CRISPR-Cas9技術の導入についての各国の議論を集約すること、また、国内外の資料に基づいて、遺伝子編集技術をスポーツに応用することの影響や可能性について生命倫理やスポーツ倫理の視点から分析することであった。 しかし、前者の海外研究協力者らとの意見、情報交換は、コロナ禍により、所属機関の海外出張禁止措置に加え、パンデミックによる2020年秋に予定されていたIAPS(国際スポーツ哲学会)学会大会は2021年度秋に延期された。そのため、現在は、本年度のIAPS学会大会における意見・情報交換のための質問内容の精査を行っている。 遺伝子治療を含む遺伝子工学への対応は、個人レベル、国レベル、国際レベルの対応が必ずしも一致しているわけではない。現状のゲノム編集技術は、それを活用して農作物、魚類、家畜に応用されているが、最近では中国の研究者が生殖細胞へのCRISPR-Cas9技術の応用を実施して議論が巻き起こった。人の体細胞から生殖細胞への技術適用は大きな問題をはらみ、そうした問題に関してもそれぞれの観点で比較できるよう研究計画を策定し直している。同時に、遺伝子ドーピングに関心を寄せる研究者を募り、スポーツ界のドーピングに限らず、日常生活の中にも入り込む遺伝子編集技術(CRISPR-Cas9)に対する意見集約を目指そうとしている。 現状では、9月に開催予定の国際スポーツ哲学会の学会大会が確実に開催されるかの目処が立たない現在、オンラインでも意見集約できる体制を整えつつ準備を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
現状のゲノム編集技術は、それを活用して農作物、魚類、家畜に応用されているが、日本では規制がどのようになっているのか。消費者庁は2018年に、ゲノム編集を施したものであっても外部からの遺伝子物質の挿入がなければ、遺伝子組換えに該当しないという立場である。そのため承認審査がないだけにとどまらず、届け出や表示の義務もなく、これまでの育種技術と同等の扱いである。食品に対しても日本と諸外国との理解、規制の方法が異なることからその根本思想を押さえる必要がある。 また食品の中でも、ドーピングとの関連で、ミオスタチンの遺伝子を破壊する(欠損状態を作成)してマダイを巨大化させる応用技術には留意する必要がある。それに関連して、遺伝的に特異体質の選手には、意図的な遺伝子操作ではなく突然変異による高い競技力を示す場合がある。たとえば、キャスター・セメンヤ選手は高アンドロゲン血症で、現在は、800㍍の競技への出場が制限されている問題は重大な人権問題を引き起こしている。過去にも、フィンランドのスキー選手、エーロ・マンティランタには遺伝子変異があり、異常なヘモグロビン値を示し、先天性のエリスロポエチン遺伝子が競技を行う上での有利さを得ていることから、生来の遺伝子変異を有する選手がなぜ出場制限されないかが問われるだろう。同じく、イタリアの自転車競技選手のダミアーノ・クネゴ選手、ノルウェーのクロスカントリースキー:フローデ・エスティルらは医学的免除を得て競技に参加している。しかし、キャスター・セメンヤとの相違がどこにあるかも、遺伝子ドーピング問題との関連で考察を進める。
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Causes of Carryover |
本研究は、カナダ、イギリス、アメリカの海外研究協力者らとのネットワークを構築して、遺伝子編集技術のCRISPR-Cas9がスポーツ界にどのような影響を及ぼすかを研究目的にし、その経費大半は、国際シンポジウム、国際学会大会への参加による意見、情報交換に当てられていた。 しかし、コロナ禍により、所属機関の海外出張禁止措置に加え、パンデミックによる2020年秋に予定されていたIAPS(国際スポーツ哲学会)学会大会は2021年度秋に延期された。 結果的に、本年度の経費を次年度に繰り越した。
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