2020 Fiscal Year Research-status Report
Reconsideration on the Process of Making and Chronology of Wall Paintings of Rock-cut Churches in Cappadocia with Digital Documenting Techniques
Project/Area Number |
20K20680
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Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
菅原 裕文 金沢大学, 歴史言語文化学系, 准教授 (40537875)
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Project Period (FY) |
2020-07-30 – 2023-03-31
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Keywords | 西洋中世美術史 / キリスト教美術 / ビザンティン美術史 / ビザンティン建築史 / カッパドキア / 岩窟聖堂 / デジタル・ドキュメンテーション |
Outline of Annual Research Achievements |
岩窟を掘削して描く壁画制作は「石工→左官→画家」の工程を経る。これは自明かつ普遍的である。しかし西洋中世(15C)以前の壁画制作の実態は謎のままである。それは上記集団に関する文字史料を欠くためである。研究者は文字史料の欠如をモノ自体の精査で補おうとしてきた。細微に至る作品観察は無論、光源に工夫を凝らした写真撮影、あるいは最新の科学的分析がそれにあたる。 しかし、目視による観察経験は言葉で他者と共有するのは困難であり、紙・電子と媒体を問わず写真資料にも自ずと限界がある。科学分析でも気硬性仕上材・顔料・媒材の特定といった断片的な情報しか得られず、研究者が関心を抱く工匠集団の実態に迫るには不十分である。いずれも職能集団の活動の時期・実態に迫れず、カッパドキアの編年は精度50年が限界の絵画様式による年代比定に基づいたままである。 筆者と樋口諒氏は科研挑戦的研究(萌芽・17K18461)の成果として、カッパドキアでは壁画を描く凝灰岩を平滑に慣らす仕上げ方と道具に石工の個性が出ることを解明し、これを補助手段に編年を25年単位まで精緻化した。 カッパドキアでは下塗が1mm-2mmと薄く鑿痕を視認でき、下塗のない聖堂も多いため石工/左官/画工の工程が観察できる。本研究ではデジタル・ドキュメンテーション技術(写真測量法・RTI)を援用し、視認・記録も困難だった石工の鑿痕・左官の刷毛跡・画家の筆触のパターンと組み合わせの分析をする。カッパドキアの職能集団の時間・空間的な活動範囲を検討し、基準作例と比較して編年の精緻化を図る。総括的に壁画を捉える本研究は世界の壁画制作を解明する一助となり、編年の精度を飛躍的に高められる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
新型コロナウィルスの流行は発生当初の予想を裏切り、本報告書を執筆している現在まで収束の目処は立っていない。本研究の推進にはトルコ、カッパドキアの岩窟聖堂における仔細なデジタル・ドキュメンテーションが不可欠であり、研究を進める上で必要な素材を欠いている状態にあるため、上記区分のように自己評価せざるを得ない。 研究資料を入手できていない点を除けば、本研究の進展は概ね良好である。2020年12月にはトルコ政府に対して在日トルコ大使館を通じて研究許可を申請した。その結果、2021年3月にギョレメ屋外博物館に属するメリェマナ・キリセシ、アギオス・エウスタティオス聖堂、カランルク・キリセシ、クルチュラール・キリセシの4聖堂、ゼルヴェ屋外博物館管轄のアギオス・シメオン・スティリティス聖堂、上記博物館外ではゼミ渓谷におけるサルヌッチ・キリセシの合計6聖堂について研究許可を取得した。ただし、本報告書執筆の時点に至っても在日トルコ大使館からビザ申請の案内は届いていない。 他方、本研究の理論的な側面に関しては、筑波大学の新学術領域研究(研究領域提案型)『西アジア地域の都市空間の重層性に関する計画論的研究』と関連して、谷口陽子氏が主催する「トルコ ・ カッパドキアの聖シメオン教会の保存に関するオンライン研究会」(第2回、2021年4月1日)において、「カッパドキア岩窟聖堂のデジタルドキュメンテーションの可能性と活用法ーーアギオス ・ シメオン ・ スティリティス聖堂の事例から」として報告した。この報告において、本研究で採用する複数の方法にまたがるデジタル・ドキュメンテーションをいかに一元的に管理するのか、またそうして蓄積されるであろうデータをどのように活用しうるかについて論じた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の推進にあたっては上記6聖堂のデジタル・ドキュメンテーションが最優先の課題となるが、現地に行くことができない限りは現在の進捗状況に止まらざるをえない。コロナ禍の一刻も早い終息と早急に海外渡航が可能になるように祈るばかりである。 ここでは海外渡航ができるようになり、現地でのドキュメンテーションが可能になることを前提としてデジタル・ドキュメンテーションに関する課題について述べることとする。 第一は石工による掘削痕を記録するための写真測量法の改善点である。2019年9月に参加したCIPAにおいてマクロ写真測量法という新たな方法を知ることができた。当該発表ではマクロレンズを使って板絵を3D化するというものであったが、本研究ではその原理を聖堂壁画に応用することを試みる。すなわち極力撮影距離を縮めて撮影枚数を増やし、3Dモデルの精緻化を図るというものである。この方法により、3Dモデルの構築時に解像度を落として画像処理をしたとしても、十分以上の精度を得ることができること、処理速度が大幅に向上することが見込まれる。 第二は、左官の刷毛痕を記録するRTI(反射率変換イメージング)の効率化試みる。RTIはカメラを固定しつつ、光源の位置を変えながら撮影した複数枚の写真を合成して構成される。そのためカメラのファインダーにより確認される範囲しか撮影できないという限界がある。この撮影範囲を広げれば、RTIの精度は必然的に損なわれる。本研究では現場での効率化を図るために、広角ズームを用いて、撮影可能域の限界を確認するものとする。 2021年になり、フルサイズよりも大きな中判サイズのイメージセンサーを搭載したカメラが発表された。写真測量法とRTI双方について、中判サイズのカメラをによるドキュメンテーションの精度をフルサイズ機のものと比較実験したいと考えている。
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Causes of Carryover |
本研究では海外での調査費用が研究予算の大半を占めている。しかしながら、新型コロナウィルス流行の長期化とそれに伴う海外渡航の制限により、研究予算に大幅な残額が生じた。また計画当初はイタリアから研究者を招聘する予定でいたが、ヨーロッパの状況に鑑みても、当面の間実現は難しいと予想される。 そこで研究予算の使途を若干修正し、中判サイズのイメージセンサー(1億2000万画素相当)を搭載したデジタルカメラの購入を検討している。理論的には解像度の高い写真ほど精度の高い3DモデルやRTIを構築することが可能であり、資料写真としての価値も今後10年はこの精度を凌駕することはないと考えられる。そこで本研究では従来のフルサイズ機と中判センサー搭載機でデジタル・ドキュメンテーションの比較実験を行い、現地での調査に備えるものとする。
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