2020 Fiscal Year Research-status Report
カントに基づく人間の尊厳概念の現代への応用可能性の探究
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20K21946
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
平出 喜代恵 関西大学, 文学部, 助教 (90882142)
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Project Period (FY) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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Keywords | カント / 人間の尊厳 / 生命倫理学 / 法 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、「人間の尊厳」の源泉と照らし合わせながら、現代においてこの理念がいかに受容されているのか、いかに受容されるべきかというテーマに取り組んだ。 6月にOtfried Hoeffe, Kants Kritik der praktischen Vernunft: Eine Philosophie der Freiheit, C. H. Beck, Muenchen 2012を訳出したオトフリート・ヘッフェ『自由の哲学 カントの実践理性批判』、法政大学出版局、2020を刊行した(共訳)。 3月に京都生命倫理研究会において「法概念としての『人間の尊厳』の源泉にかんする一考察」と題して口頭発表を行なった(3月20日、オンライン)。ドイツ連邦共和国基本法(以下「基本法」と略記)では人間の尊厳の保障が宣言されている。その思想的源泉はユダヤ-キリスト教とカントであり、基本法における最高価値を与えられていた。ところが科学技術の発展に伴い、こうした形而上学的基礎に否定的な解釈が出てきた。これによって「人間の尊厳」そのものの理解、その保障領域、保障強度などをめぐる議論が大きく変わってきた。本発表では、基本法制定時と近年それぞれにおける法概念としての「人間の尊厳」についての解釈を概観し、それが思想的源泉から継承し続けているもの、捨象したもの、継承すべきものを指摘した。 1月には認知症患者へのケアをめぐる書評会に登壇し、社会学および人類学の研究者ら、ケアワーカーらと、ケア実践における人間の尊厳のとらえられ方などをめぐって意見交換を行なった(1月25日、オンライン)。2月、3月には医療従事者や社会福祉士などのケアワーカーを対象とした講演を行なった(2月22日、3月29日、ともにオンライン)。講演および質疑応答をつうじて、人間の尊厳概念の現代的意義について指摘した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、「人間の尊厳」の現代的意義を問うことである。注目すべきは、カントに基づく「人間の尊厳」が現代の法秩序に援用されることで生じている論争、この概念に依拠して生命倫理学の問題が議論される際の係争点である。これらの論点整理をつうじて本研究は、「人間の尊厳」を思想史的・歴史的に基礎づけるとともに、この概念が現代社会において法実践的にも生命倫理学的にも依拠するに値する概念であることを浮き彫りにする。さらに、「人間の尊厳」を足場として現代の価値多元社会で生じる諸問題に取り組むことで、この概念を規範性と柔軟性とを併せもち、それゆえに多様な問題に対応することのできる示唆に富んだ豊かな概念として活性化していく。 以上の目的を達成するにあたって、本年度に到達すべき目標として本研究が掲げていたのは、(1)現代における法概念としての「人間の尊厳」にその思想的源泉であるカントが与えた影響をめぐる論争を整理すること、またこの作業をつうじて、(2)人間の尊厳という規範においてカントから現代へと何が継承され、また何が継承されるべきかを明瞭に取り出すことであった。「研究実績の概要」に記した京都生命倫理研究会における口頭発表「法概念としての『人間の尊厳』の源泉にかんする一考察」で指摘した内容は、上述の(1)と(2)の両方にかかわるものである。 しかし、やり残した課題もある。ひとつが、口頭発表の内容を論文として公表できなかったことである。もうひとつが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、海外の研究者らとの意見交換が実現しなかったことである。 以上から進捗状況を「おおむね順調に進展している」と自己評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は、「人間の尊厳」が現代社会において法実践的にも生命倫理学的にも依拠するに値する概念であることを浮き彫りにすることを目指す。そのための方策として、「人間の尊厳」を足場として現代の価値多元社会で生じる諸問題に適用し、この概念を規範性と柔軟性とを併せもち、それゆえに多様な問題に対応することのできる示唆に富んだ豊かな概念として活性化していくことを予定している。 そこで本研究では、まずは2020年度の研究成果である口頭発表「法概念としての『人間の尊厳』の源泉にかんする一考察」で公表した内容をもとに論文を執筆し、それを公表する。次いで、以上の成果に基づいて、「人間の尊厳」を、厳格な規範性を堅持しつつ、他方で多様な問題に応じることのできる柔軟性を含む概念へと鍛錬していく。具体的には(1)「人間の尊厳」が現代の生命倫理学の議論において生み出している問題点を明瞭に取り出す。(2)そのうえで、現代において「人間の尊厳」が法実践的と生命倫理学的文脈のそれぞれでどのように受容されているか、その連関はどのようなものかという2020年度の研究成果とのかかわりに注意を払いながら、「人間の尊厳」の現代的受容に含まれる問題点を分析する。(3)最後に、以上の作業によって取り出された係争点を具体的な生命倫理学上の論争のなかに見つけ、「人間の尊厳」という観点からその解決を試みることでこの概念を活性化していく。
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Causes of Carryover |
海外に発注していた資料の到着が遅れたので、その分の支払いのために残していた額が残ってしまった。昨年度の残金は、当該資料が到着次第、その支払いに充てる。 本年度分の研究経費は主にカント研究関連のデータベースおよび書籍の購入、生命倫理学関連の書籍の購入、法哲学関連の書籍の購入に充てる予定をしている。社会情勢次第では、国内外への出張費に使用することも考えている。
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