2022 Fiscal Year Research-status Report
清輔古典学の総体解明 ー清輔本・勘物・歌学書が共進化する3Dモデルの提唱ー
Project/Area Number |
20K21965
|
Research Institution | Jissen Women's University |
Principal Investigator |
舟見 一哉 実践女子大学, 文学部, 准教授 (80549808)
|
Project Period (FY) |
2020-09-11 – 2024-03-31
|
Keywords | 古筆切 / 拾遺和歌集 / 寂恵 / 藤原清輔 / 勘物 / 文理融合 / 後拾遺和歌集 |
Outline of Annual Research Achievements |
(1)昨年度に行った清輔本『金葉集』の勘物に関する分析を論文化する過程で、当該勘物には清輔本『後拾遺集』の勘物と酷似しすぎている部分のあることが判明した。この二つは、申請時の仮説では「関連している」といった程度の関係とみていたが、「転記・流用」といった関係を疑うべきであることが判明し、仮説の抜本的再検証を要することとなった。そのため、当初の計画にはなかった『後拾遺集』の勘物を含めて改めて分析を進めたが、その過程で更に学界未紹介の清輔本『後拾遺集』らしき零本を発見した。これらを総括した研究を進めており、成果は23年度に公開する。 (2)当初の計画に従って清輔本『伊勢物語』『大和物語』に関する古典籍の網羅的調査と整理を行う過程で、重要文化財に指定されている寂恵本『拾遺集』(上帖のみの零本)の、散逸した下帖に相当する可能性のある古筆切を発見した。これまで一葉も発見されていなかったものだけに、その社会的重要性から、当該資料の報告と考察を和歌文学会第68回大会にて急遽行うことになった。その際、清輔本勅撰集の古筆切を用いつつ、高精細デジタルマイクロスコープによる光学的文理融合型の古筆切研究を提唱、新手法の有効性を示した。成果の一部は23年度刊行の論集に掲載される。 (3)上記2と並行して、光学的文理融合型かつデータ駆動型の古筆切研究の有効性を、国際シンポジウムで報告した。当日の発表資料はresearchmapにて公開、また発表内容と鼎談の動画が国文学研究資料館YouTubeにて配信されている。本シンポジウムの一端は『読売新聞』(2022年8月31日朝刊)の文化面にも「デジタル顕微鏡やAI活用 古典籍年代などの特定」として紹介され、研究成果を社会へ発信することもできた。なお、発表を踏まえた論考が23年度刊行の論集に掲載される。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度の実績概要で触れたように、申請時には想定していなかった重要資料の発見や、研究成果を社会にひらく契機を得たことなどが重なり、申請時の計画からすると、計画通りには進んでいない。かつまた、本年度もCOVID-19の影響を受け、実地調査を全く行うことができなかった。海外に所蔵される古典籍をも含めた実地調査に基づくことが本研究のポイントのひとつでもあるので、進捗が遅れた大きな要因となってしまった。ただし、国文学研究資料館の「国書データベース」などを中心に、デジタル画像の公開が急激に進んだため、その恩恵を受け、実地調査を行う前のプレ調査と整理は進めることができた。調査のための基礎台帳がほぼ整った点において、「遅れている」のではなく「やや遅れている」という認識をもっている。なお、この点に関連して、副次的ではあるが、デジタル画像によるプレ調査の過程で、申請者所属機関が所蔵する『紫式部集』の書写者を同定しうる資料を見出した。論文は、諸般の事情で23年度の刊行となった論集に掲載される。書写者の解明によって、清輔が所持しえなかった私家集の一端が判明しうるため、本研究の最終的な結論を補強する成果を得られたといえる。 また、申請時に計画していたビジュアライゼーションソフトウェアの学習は、実地調査にあてる予定であった時間を使うことで、予定よりも進んではいる。また、申請時よりも飛躍的にAI技術が進展し、その成果を文理融合型・データ駆動型研究と合わせることで、今後なにができ得るか試行・実験をくりかえし、成果報告を社会に開示できたため、全く研究が進んでいないという事態は回避できたと考えている。 なお、本年度は急遽決まった専門外の分野に関する依頼論文が2点あり、エフォート率に照らして、そちらに時間をかけすぎたことも進捗が芳しくない要因であると自省している。
|
Strategy for Future Research Activity |
(1)清輔本『後拾遺集』の勘物と清輔本『金葉集』の勘物との関係性を明らかにすることを優先する。そのため、申請時の計画には含まれていなかったが、まずは、学界未紹介と目される新出資料を含めた、清輔本『後拾遺集』の勘物の校異一覧および清輔本『金葉集』勘物との対照表を作成・公開する。関連資料はほとんど入手できているので、新出資料の実地調査を経たのち、本年度前半に公開したい。 (2)次いで、昨年度に学会発表を行った、『後拾遺集』以降の清輔本勅撰集における勘物の機能に関する研究を論文化する。上記1をうけて、学会発表時の見解を一部修正せざるを得ないが、上記1と並行して進め、本年度前半には論文を査読誌に投稿する予定である。 (3)次いで、清輔本『伊勢物語』と清輔本勅撰集との連関に関する論考を執筆、査読誌に投稿する。申請時は、清輔本『伊勢物語』について、国内だけでなく海外にも点在する古筆手鑑や古筆切などを加えることで精度を高める予定であったが、海外渡航は現状でも特に難しく思われるため、調査済みの完本・零本類を対象とした論考に縮小する予定である。 (4)本研究の最終目的である、清輔古典学の総体を提示するための論考を執筆する。申請時は清輔本『大和物語』を含める構想であったが、実地調査の可否が不安定である現状から、網羅的調査と整理を要する『大和物語』に関する考察と論文執筆を後にして、まずは勅撰集(『古今集』から『金葉集』まで)と『伊勢物語』を対象とした共進化3Dモデルの提示を行いたい。これを清輔古典学の総体を解明するための「基礎モデル」と位置付け、段階的に諸資料を加えていき、数年のうちに総体を提示する、という方向に計画を再調整したいと考えている。 以上のスケジュールであれば、最低限の実地調査に抑えつつ、本研究が掲げる研究目的の核の部分は遂行しうると予想している。
|
Causes of Carryover |
昨年度に引き続き、COVID-19の影響により、当初予定していた旅費の全額を利用することができず、かつ近郊の研究機関も、閉館ないし短縮開館となり、複写受け入れの縮小も継続されていたため、次年度使用額が生じた。一部の機関は、昨年度よりも制限が緩やかとはなったが、教育職に従事する者として、その責務上からも罹患防止を最優先と考えたため、自粛することとした。以上が次年度使用額が生じた主たる理由であるが、加えて、勤務校の授業形態が、オンデマンド型から対面型へと移行し、その準備等に想定以上の時間を要したことも無関係ではない。はじめて大学の専任教員として就職した時点では全ての講義がオンデマンド型であったため、今回の形態移行に伴い、講義資料類すべてを作り直す必要が生じ、そのため膨大な時間を要してしまった。以上の問題は解決しえたので、23年度は、次年度使用額の多くを実地調査のための旅費にあて、本研究の最終目的である動的3Dモデルの構築と公開のための費用として使用することにしたい。
|