2020 Fiscal Year Research-status Report
万葉挽歌の表現と様式から見る日本人の始原的死生観―遺骸の非描写性と時間軸の研究
Project/Area Number |
20K21987
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
高桑 枝実子 東京都立大学, 人文科学研究科, 准教授 (70881283)
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Project Period (FY) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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Keywords | 万葉挽歌 / 黒髪 / 遺骸 / 溺死 / 行路死人歌 / 死の認知と報告 / 魂の慰撫 / 時間の逆行 |
Outline of Annual Research Achievements |
『万葉集』の挽歌は、一部の例外を除いて詠者の眼前にあるはずの遺骸の様には一切触れず、死者の霊魂の行方や詠者の悲哀・喪失感を歌う。また、挽歌は直線的な時間軸に沿って歌われるとは限らず、表現上の時間が遡ることもある。ここには古代日本人特有の死生観や鎮魂観が関わると推測できる。そこで、本研究では主に挽歌独自の遺骸の非描写性や時間軸に着目し、日本人の始原的死生観を探ることを目的とする。 本年度は『万葉集』巻三挽歌収載の、吉野川で溺死した娘子の火葬時に詠まれた柿本人麻呂作「出雲娘子挽歌」二首(429・430)を考察対象とした。当該作は二首一組の挽歌であり、一首目には娘子を吉野で火葬する際に棚引く煙の様子が、二首目には娘子の黒髪が吉野川に漂う様が詠じられる。二首目に歌われた娘子の黒髪は、娘子の遺骸の一部であることから、当該歌は遺骸を歌わない挽歌の中では異例であると言え、作品内の時間が火葬から溺死へと遡る叙述方法にも作者による意図があると見られた。そこで、同時代の歴史文献『日本書紀』『続日本紀』から諸国の采女奉献や火葬の歴史、溺死者を忌避する風習など当該作の背景を読み取った上で、『万葉集』中の他の挽歌作品の表現方法との比較を行い、当該作の黒髪の歌い方が「行路死人歌(=行旅の途上で横死した死者を見て詠じた挽歌の総称)」に於ける死体発見時の表現方法と通じることを指摘した。そして、当該作は人知れず溺死した娘子の遺骸を美しい「黒髪」で象徴し、娘子の溺死体が発見された時の状況を歌うことにより、人知れず死んだ死者を人々に認知された死者とすることで魂を慰撫する歌であり、同時に故郷を遠く離れて不慮の死を迎えた死者の本貫に死の事情を知らせる機能を合わせ持つことを考察し、「出雲娘挽歌考―黒髪を歌う意味―」(東京都立大学人文科学研究科『人文学報』第517‐11号 2021年3月)として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の研究実施計画に記載した通り、研究一年目にあたる本年度には『万葉集』巻三挽歌所載の柿本人麻呂作「出雲娘子挽歌」二首の表現の考察に取り組み、同時代の史書や歴史学の知見を参照しながら、万葉挽歌に於ける遺骸の非描写性及び時間軸についての考察(研究成果)を論文の形で発表することが出来た。 ただし、当初の研究実施計画では、古代日本人独自の始原的死生観を鮮明に考察するために、中国漢詩文や仏典に於ける遺骸の描写や時間軸の捉え方との比較検討も行う予定であった。しかし、新型コロナ感染防止による影響で、ほぼ一年間在宅での勤務(オンライン授業)及び研究を余儀なくされた上、店舗の休業及び時短営業等の影響を受け、中国漢詩文や仏教関係の書物の入手・閲覧が大幅に遅れ、本年度の研究成果には取り込むことが出来なかった。仏典・漢籍のデータ収集のためにインターネット上の電子索引等も閲覧したが、紙面の文献での調査が出来なかったことから、本年度の研究成果の中に反映させることを断念した。この点に関しては研究に遅れが生じているとも言えるが、次年度の研究に取り入れる予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究方策としては、当初の研究実施計画に示した通り、挽歌に於ける遺骸の非描写性と時間を遡る叙述の背景にある観念を考察するために、溺死した娘子を悼んだ河辺宮人作「姫島松原に嬢子の屍を見て悲嘆して作れる歌」(巻二・228~229、巻三434~437)を取り上げ、特に嬢子の屍の表現方法を他の挽歌(主に「行路死人歌」)や『古事記』『日本書紀』『風土記』『日本霊異記』等の上代文献、後代の歌説話等の表現方法と比較検討して、当該歌の独自性を考察する。 また、上記の方策と合わせて、本年度の研究の課題として残った中国漢詩文や仏典の表現方法との検討も行う。具体的には、本年度に取り上げた柿本人麻呂作「出雲娘子挽歌」(巻三・429~430)に於ける遺骸(黒髪)の表現と、今後の研究課題として取上げる当該作に於ける「嬢子の屍」の表現を、主に中国六朝期~唐代の漢詩や仏典に於ける遺骸の描写方法と比較し、挽歌特有の鎮魂観と時間軸の捉え方を考察する。 本年度は中国漢詩文や仏典関連の書籍等の入手に課題があったが、本年度末頃から店舗の休業や時短営業等が解消されつつあるため、本年度に滞っていた書籍や物品等の入手を進める予定である。
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Causes of Carryover |
本年度はコロナ禍により学会がすべて中止になったりオンライン上で開催されたりした上に、コロナ禍での旅行は自粛される向きがあったため、学界参加や現地研究調査等に於ける旅費がかからなかった。また、本年度一年に渡り在宅での仕事及び研究を余儀なくされた上に、店舗の営業や流通が滞り、購入予定であった書籍・物品等の入手が叶わなず、本年度に使用するはずであった助成金の大半を次年度に繰り越すこととなった。 次年度にも、所属している各学会は引き続きオンライン上での開催となり、県境を越えての現地研究調査も自粛しなければならないことから助成金を旅費としては使用できないため、主に物品費に使用する予定である。具体的には、中国漢詩文・仏典・古代和歌研究に関連する書籍や電子索引のDVD‐ROM、辞書類を購入する他、大学研究室の電子機器類の設置のために使用することを計画している。本年度末から店舗の営業・流通が通常通りに戻ってきたため、購入の手続きを進めているところである。
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Research Products
(1 results)